4.校外学習
「俺ってジャンケン弱いのかな⋯」
校外学習当日。
キャンプ場に到着した俺たちは、それぞれの役割に従い準備を始める。
メインは、夕飯のカレーを作る班とバンガローと風呂を準備する班、そしてキャンプファイヤーの準備をする班の3つ。
俺はキャンプファイヤーの準備班だった。
この3つ、共通してやらなければならないことがある。それは、火を起こすこと。
仕組みは知らないが、風呂の方も火で薪を燃やす必要があるらしい。風呂自体は普通の大浴場らしいので、まあただの体験的なものなのだろう。
で、火を起こすために、俺たちには3つの道具が渡された。
チャッカマン、マッチ、そして火起こし器。人類が古代から使っていた、棒を回して摩擦熱を利用して火をつけるアレだ。
これらの道具は1つずつしかないので、どこかのグループがその火起こし器で火を起こさなければならない。順番に使えよという突っ込みは通用しない。
で、見事ジャンケンに負けた俺には、火起こし器が渡された。この前の文化祭実行委員もジャンケンで負けたせいだったし、最近ついてないな。
さっきから格闘してるけれど、全く火が付く気配がないまま、すでに手に豆ができ始めていた。
「最悪⋯」
こうして人はインドアになっていくんだよな。
「深智、そっちどう?」
「手が死んだ」
「うわ、痛そう。貸して」
キャンプファイヤーのメインの木を積み上げていた暎一が様子を見に来た。俺から華麗に棒を奪うと、高速で回し始める。
しかし、
「⋯手が死んだ」
「暎一〜。そこはかっこよくキメるところだろ〜」
「や、これ無理ゲーだろ」
暎一は疲れ切った様子で溜息を吐いた。
もっと簡単だと思ってたのに、初心者が見様見真似でやって出来るものではないのだろうか。
「なんか簡単に出来る方法ないのかな」
「スマホ回収されたからな。調べらんないし」
「やっぱ持つべきものは文明の利器か〜」
俺も座り込んで棒をくるくると回す。うーん、どうしたもんか。
「これ、つかないとどうなるんだ?」
「そんなん決まってるじゃん。真っ暗な中で木のオブジェ囲ってマイムマイムだよ」
「シュールだな⋯」
最後の最後まで本当にマッチとか貸してもらえないのならだけど。
「けどあれだな。火がつかなくて飯作れないとか、風呂入れないとかよりよっぽどいいよな」
「暎一君は完全に諦めモードですね?」
無理もないが、何か他に手はないだろうかと目的もなく周りを見回していると、芳賀の姿を見つけた。
「あ、深智〜。何してるの? 火起こし?」
「そう」
「それ当たっちゃったんだ。うちのクラス、なんか道具改造してつけてたよ」
「マジで? 改造とかしていいの?」
「いいんじゃない? 駄目って言われてないし」
芳賀はちょっと待っててと言って、改造したというクラスメイトを呼びに行ってくれた。
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芳賀のクラスメイトが、紐をつけて簡単に高速回転出来るように改造してくれたおかげで、俺たちにも希望の光が見えた。
やっぱ持つべきものはサバイバル得意な知り合いだよな。
空は日が落ちかけて、だいぶ暗くなってきていた。時間的にも今つければちょうどいいくらいだろう。
「よし。今度こそ任せろ」
暎一が気合を入れる。しかし、さっきまでとは違い、すぐに煙が出始めて、簡単に火がついた。
「はあ。今までの苦労はなんだったんだ⋯」
「まあいいじゃん、無事についたんだし」
積み上げられた中央の木に火種を移すと、パチパチと木が燃える音がし始めた。近くにいると結構熱いので離れようとしたところで、火の粉が少し飛んできた。
「熱っ!」
「深智っ!?」
咄嗟に顔を隠すと、暎一が庇うように肩を抱く。火から少し離れたところで顔を覗き込まれた。
「大丈夫か!?」
「平気。ちょっとびっくりしただけ⋯、っ!」
目を開けると、至近距離に暎一の顔があって、思わず声が出そうになった。
暎一は気にせず目の中を覗き込んでくる。頰に触れた手は、俺の代わりに火起こしを頑張ってくれていたので、少し汗ばんでいて熱かった。
「目に入ってないか?」
「入ってたら絶対痛いし、なんともないから大丈夫だよ」
「そうか⋯。良かった」
暎一は、心底安心した様子で溜息を吐いた。
びっくりした。火の粉もだけど、暎一のドアップが心臓にきた。
「⋯ありがと」
心配してくれたことにお礼を言いつつも、俺は、触れられた頬がじんじんと熱を持っているような気がして、少しの間暎一の顔を見ることが出来なかった。