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戦国新選組 最狂×最狂 ー土方歳三が織田信長に逆行転生した混ぜたら危険な世界線ー  作者: 五平


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第42話 築かれる巨大な理想

京の都は、信長軍の到来に、恐怖と期待が入り混じった空気に包まれていた。都に踏み入った信長軍の持つ異様なまでの統率力は、まるで生き物のように秩序正しく、御所や寺社仏閣は静かに息をひそめる。人々の間には「尾張のうつけが天下を取るのか」という噂が、雷のように駆け巡っていた。


公家屋敷の中では、歌会が催されていた。


「玉響の 夢かと見ゆる 都路に…」


雅な歌を詠む声と、華やかな衣擦れの音が響く。その一方で、信長軍が通る大通りから少し外れた賀茂川の河原には、飢えと病で痩せこけた人々が、力なく横たわっていた。子供が、空腹に耐えかねた声で母の袖を掴み、そのか細い声は、豪奢な伽藍を誇る巨大な寺社から聞こえる、重々しい鐘の音に、不気味な不協和音を奏でていた。路地裏からは、腐った魚と湿った土の悪臭が漂い、公家屋敷の伽羅の芳しい香りと、鮮烈なコントラストをなしていた。


---


将軍・足利義昭の館は、豪華絢爛な調度品で満たされていた。信長は、将軍・足利義昭を擁立し、その権威を借りて天下に号令をかける。しかし、信長の瞳に、その華やかさは映らなかった。彼が求めているのは、武士の誉れでも、将軍の権威でもない。己の「理」を天下に示すことだけだった。


「信長殿…京の治安、まことに感謝いたす。そなたのような武士がいてくれて、まことによかった…」


義昭は、信長を前に、上辺だけの賛辞を述べる。だが、その内心は、苛立ちと苦渋に満ちていた。その夜、義昭は、静かに日記に筆を走らせていた。


(この田舎者め…! わしを担ぎ上げ、その権威を利用しようと企んでおる…! だが、今のわしには、この男に頼るしかないのか…!)


「足利の威光は、もう…」


義昭は、筆を持つ手を強く握りしめる。将軍家の権威を守ろうとする自負と、信長の圧倒的な武力に屈するしかなかった苦渋が、彼の心を激しく揺さぶっていた。


義昭の旧臣や、京の公家たちが、静かに義昭を取り囲む。彼らは、信長に聞こえぬよう、義昭の耳元でささやいた。


「将軍様、武士などに都を任せるのは、いかがなものか…」

「左様、信長は古き慣習を重んじませぬ。いずれ、我らの権威も脅かされましょうぞ…」


その頃、比叡山の僧兵たちは、信長の政策に不満を抱き、密かに武器を磨いていた。鉄の匂いが、彼らの心の奥底に宿る怒りを象徴しているかのようだった。


---


「若殿、京の都は、我らが想像していたよりも、遥かに腐敗しております」


犬千代が、信長に報告した。その言葉は、信長の予想通りだった。


(…『貞観政要』に曰く、国の治め方は、天子一人にあらず。だが、この京の都は、天子どころか、公家や寺社といった旧来の勢力が、己の権威を守るために、民を苦しめている…!)


犬千代は、信長に報告しながら、心の奥底で吐き気を催していた。信長の「理」は、人の心をも斬り捨てる冷酷さを持つ。だが、その冷酷さこそが、この腐敗を根絶する唯一の手段なのだと、犬千代は戦慄しながらも確信していた。


信長は、京の都で新たな統治の仕組みを構築し始めた。それは、身分や家柄にとらわれない、公正な社会を目指すものだった。信長は、京の都に「楽市楽座」を導入。信長の命を受け、藤吉郎は、京の地図を広げ、目の前の利権構造をどう崩すか、算段を始めていた。


(楽市楽座…! 座や寺社といった古い既得権益を壊し、誰もが自由に商いができるようにする…! 都の猿回しが、大名に化ける日も近い…!)


藤吉郎は、その理想に胸を躍らせる。同時に、この巨大なプロジェクトを成功させれば、自分の出世の道がさらに開けるという野心も膨らませていた。


だが、信長の新たな政策に、家臣たちは困惑を隠せないでいた。彼らは、信長の「理」が、武士の「誉れ」を完全に否定するものであることを改めて自覚する。


「これは…武士の道にあらず…」


勝家は、信長の非情な論理に、言葉を失っていた。


(武士は、己の身を挺して主君に尽くし、誉れを重んじる。祖父は、武士道に殉じ、潔く散った…! だが、若殿は…その全てを捨て去ろうとしているのか…)


彼の心臓は、重い鉄塊のように胸の奥で沈んでいた。


---


信長は、家臣たちが自分の理想を完全に理解していないことを知っていた。彼の孤独な戦いは、京の都でも続いていた。


「天下布武…この理想を成すには、古き伝統、そして、形だけの忠義など、全てを切り捨てねばならぬ。武士の誉れでは国は治まらぬ、権威では民は救われぬ…」


信長は、静かに、しかし確固たる意志を宿して、呟いた。


その頃、京の町では、信長の「楽市楽座」が庶民の間に広まっていた。


初日、市場は異様な熱気に包まれていた。炭火の煙と、味噌や醤油の香りが混じり合い、飴細工を叩く軽快な音が響く。


「聞いたか? もう寺社の座に銭を払わなくていいらしいぞ!」


新興の商人たちは歓喜に沸いたが、古い座の頭領は、悔しさに涙を流し、信長への怒りを露わにしていた。


「信長様は、私腹を肥やすために、京を治めるつもりだ…」

「いや、信長様は、本当に民を救うために…」


市場の片隅で、物乞いの親子が、その賑わいを呆然と見つめていた。


「母ちゃん、あれ…何だ?」

「…新しい世の中が、始まるのかもしれんよ…」


彼らの声は、期待と不安が入り混じっていた。


---


遠く離れた地では、旅の僧侶が旅日記に記していた。


「京に信長という者が現れ、古き秩序を壊している。彼の理は、まるで新しい仏法のようだ。人の心から、迷いを断ち切る…」


別の地では、遠方の大名が、京からの報告書を読み、静かに呟いた。


「信長の理は、やがてこの地にも迫るだろう。もはや、惰眠を貪ることは許されぬ…」


夜空には、凍えるような月が一つ。薄雲がかかり、月は血色に染まって見えた。


「あれを見ろ、怨霊の声だ…!」


民衆の間で、不吉な噂が広まる。信長は、一人、天守に残り、夜空に浮かぶ月を見つめていた。


(巨大な理想は、必ず大いなる血を呼ぶ。それは、必然なのだ…)


夜風が、信長の冷たい横顔を撫でる。彼は、人なのか、鬼なのか、それとも、ただただ、新しい世界を創造する「理」の化身なのか。誰も、その答えを知らなかった。

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