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戦国新選組 最狂×最狂 ー土方歳三が織田信長に逆行転生した混ぜたら危険な世界線ー  作者: 五平


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第22話 信長の理想と、尾張の現実

桶狭間の戦から数日後の清洲城。


広間には、勝利の余韻に浸る間もなく、全ての家臣が集められていた。古い墨の匂いに、家臣たちの緊張が混じり合い、重苦しい空気が鼻腔の奥にへばりついて離れない。老臣たちは、未だに信長が成し遂げた圧倒的な勝利を信じられずにいた。


「…今川が滅んだ後の三河は、誰が治めるのだ…?」


「若殿は血気にはやりすぎでは…」


ざわめく老臣たちの小声が、広間の隅々にまで不穏な空気を広げる。その中で、一人の若侍は、信長を畏怖と憧れの入り混じった目でじっと見つめていた。信長の背後に立つ犬千代は、ただ沈黙のまま、武骨な仕草で信長を補強していた。


(桶狭間…たった二千の兵で、今川の大軍を打ち破った。これは、武士の誉れでも、神の采配でもない…ただ、俺の「理」が、この地のすべてを支配した結果だ)


信長の脳裏には、もはや過去の回想はなかった。勝利後の、血と泥にまみれた戦場、そして安堵と悲しみが混在した民衆の顔。そのすべてが、信長の理想がもたらした現実だった。この勝利は、未来への布石であり、この国の運命を変える、必然的な第一歩だった。


---


「若殿、御報告に参りました」


広間の隅から、泥にまみれた藤吉郎が信長の前へとやってきた。彼の表情は、疲労困憊であったが、その瞳には、確かな成果を勝ち取った喜びが宿っていた。その姿を見た老臣たちが、さらにざわめく。


「…藤吉郎だと?戦働きとはいえ、身分も低き者が、このような場に…」


信長は、ざわめきを意にも介さず、静かに藤吉郎に告げた。


「藤吉郎、ご苦労であった。貴殿の功は、忘れてはならぬ」


信長は、そう告げると、藤吉郎の肩に手を置いた。


「藤吉郎、身分など関わりなく、功ある者に任せる。この桶狭間での働き、まこと見事であった。よって、貴殿に、この清洲城を任せる」


信長の言葉に、広間全体が、一瞬の静寂に包まれた。そして、再び、激しいざわめきが起こった。


老臣たちは、顔を真っ赤にして扇を机に打ち付け、別の者は冷笑を浮かべていた。


「清洲城を…成り上がり者に任せるというのか…!」


信長は、ざわめく老臣たちを冷たい目で一瞥すると、静かに言った。


「身分ではない、功を見よ。この勝利は、藤吉郎の功なくしてはあり得なかった。この者は、俺が命じた今川本陣への偵察を、命がけで成し遂げた。この者は、俺の理想を、最も深く理解している」


信長の言葉に、老臣たちは言葉を失った。藤吉郎の顔に驚きが走り、一瞬ひるむが、すぐに固く拳を握りしめた。


(…ここで退けば、ただの足軽に戻る。清洲城…若殿の理想の城…!)


藤吉郎は、清洲城の天守に立つ、未来の自分の姿を一瞬だけ夢想した。清洲城を任せる。それは、藤吉郎にとって、信長からの、絶対的な信頼だった。


---


その日の午後、信長は清洲城の天守から、自らが創り上げた尾張の現実を眺めていた。城下からは、鍛冶屋の槌音や、物売りの声が聞こえてくる。竹槍を振って遊ぶ子供たちの姿も見えた。


老人が、道端で涙を流しながら呟いていた。


「今川に年貢を奪われていた日々は、もう終わった…」


農夫の汗が土に滴り、稲の苗が濡れる。彼らが背負うのは、武士の誉れではなく、日々の暮らしの重みだ。それらすべてを、この手で支配しているという感覚が、信長の心を満たしていく。


「犬千代、兵たちを整えろ」


信長が静かに命じると、犬千代は冷徹な眼差しで、兵たちに細かく指示を飛ばし始めた。


「義元の死で動揺している三河・駿河を揺さぶり、松平や今川の残党を牽制する」


信長の言葉に、犬千代の顔に緊張が走った。それは、信長からの、絶対的な命令だった。


---


清洲城の門が、重々しい音を立てて開く。信長の軍は、静かに、しかし確固たる意志を宿した目で、再び戦場へと向かっていく。兵士たちは、勝利の余韻に浸りながら、軍歌を口ずさみ始めていた。


道端に立つ老婆は、手を合わせて兵士たちを拝む。その祈りは、勝利の歓喜と、戦の無常の両方を含んでいた。


勝家は、馬上で刀の柄を強く握りしめた。手のひらに汗がにじみ、柄が滑りそうになる。


(若殿の理に従うべきか…誉れを守るべきか…)


彼の脳裏で、幼い頃に父から聞かされた声が響く。


『誉れを捨てる者は侍ではない。武士とは、己の守るべきものを、命に代えても守り抜くことぞ』


その声が、信長の「誉れで腹は膨れぬ」という言葉と重なり、彼の呼吸は荒くなった。


上空を、鴉が不吉な鳴き声を響かせながら旋回している。


---


夕暮れの空が、黒漆の鞘に、鈍色の光を映していた。


血に濡れた野花に、蝶が舞い降り、すぐに飛び去る。夕陽が赤々と雲を染め、それが桶狭間の血の残照に見えた。遠雷が小さく鳴り、風が砂塵を巻き上げる。


戦いは終わった。だが、尾張の小国が大国を打ち破ったこの日こそ、新たな戦の始まりだった。


天下布武――その言葉なき理想が、風に散る塵のように、桶狭間の血と泥の上に、確かに芽吹き始めていた。

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