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戦国新選組 最狂×最狂 ー土方歳三が織田信長に逆行転生した混ぜたら危険な世界線ー  作者: 五平


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第21話 桶狭間、奇襲の果て

桶狭間、夜明けの雨は、いつしか、しとしとと音を立てる小雨に変わっていた。


今川義元が首を討たれた本陣跡は、地獄のような光景と化していた。酒と血と泥が混じり合い、むせ返るような匂いが立ち込めている。その匂いに混ざり、火の消えかけた炭の匂いと、湿った草の青臭さが、吐き気を催させた。


信長は、その中心に静かに立っていた。彼の甲冑には、血飛沫一つ付いていない。ただ泥に濡れた冷徹な瞳だけが、すべてを支配していた。足元には、恐怖に凍りついた目で天を仰ぐ今川兵の死体が転がっている。その手は、握りしめたままの刀を離さず、泥に沈んだ旗指物は、朱に染まった泥水の中で、ゆらゆらと揺れていた。


信長の背後では、勝利の歓喜と、戦の悲惨さが混在していた。


一人の若侍は、安堵からか、その場にへたり込み、声を上げて泣き崩れていた。刀を握る手は血にまみれ、震えが止まらない。隣の古参の足軽は、血に濡れた手をそっと天に掲げ、ただ黙って安堵の涙を流していた。「これが…勝利なのか」と、誰かが呟く声が、勝利の代償を物語っていた。


信長軍の一団が、倒れた今川兵の懐を探っていた。ある兵士の懐からは、故郷の家族に宛てた、血に濡れたふみが見つかった。文字はすでに滲んで読めない。その兵士は、ただ黙って文を懐に戻した。別の足軽は、泥にまみれた敵の武具を見つけ、歓声をあげて喜んでいる。その無邪気な声は、この地獄のような光景の中で、異様なほど虚しく響いていた。


本陣の横に、血に濡れた太鼓が転がっていた。それは、つい先ほどまで今川軍の士気を高めていたものだったが、今はただ、戦の余韻を虚しく響かせているだけだった。


(桶狭間…たった二千の兵で、今川の大軍を打ち破った。これは、武士の誉れでも、神の采配でもない…ただ、俺の「理」が、この地のすべてを支配した結果だ)


信長の脳裏に、もはや過去の回想はなかった。この勝利は、過去の因縁を晴らすためだけのものではない。この勝利は、未来への布石だった。


「若殿…」


勝家が、泥にまみれた顔で、信長の前へとやってきた。彼の表情は、安堵と、そして、信長への畏怖が入り混じっていた。彼は、信長の非情な策を目の当たりにし、その恐ろしさを改めて実感していた。


「勝家殿、貴殿には、本陣の守りを固めてもらった。それは、この戦の、勝利への、最後の砦だった」


信長の言葉に、勝家は言葉を失った。信長は、勝家を、戦の先頭に立たせなかった。それは、勝家を侮辱するためではなかった。彼が最も信頼する勝家に、最も重要な「本陣の守り」という役目を任せたのだ。


勝家の目頭が熱くなる。遠くで響く勝利の鬨の声が、彼の心を揺さぶった。戦場にいるべきこの身が、本陣を守っていたという葛藤。それでも、信長の信頼に、誇りを感じていた。


勝家は、零れ落ちる涙を堪えようとしたが、それは止めどなく流れ落ちた。その涙が、地面に落ち、泥と混じり合った。その瞬間、彼の脳裏に、幼い頃の記憶が蘇る。


『勝家、武士の道とは、己の守るべきものを、命に代えても守り抜くことぞ』


父の言葉と、信長の言葉が、彼の頭の中で重なる。彼は、信長の非情な策の裏にある、人間的な温かさに触れた、感動の涙を流していた。


その日の午後、清洲城へと戻ってきた信長を、城下の民衆は、熱狂的な歓声で迎えた。信長は、その歓声に、ただ静かに頷いた。


(この歓声は…俺の勝利を喜んでいるのではない。今川という、巨大な脅威から解放された、喜びの声だ)


信長は、歓声の中に、夫や息子を探す女性たちの姿を見た。その顔には、安堵と、そして悲しみが入り混じっていた。ある老人は、信長を見て「わしらは救われた」と涙を流し、ある商人は「これで道が開ける」と小旗を振っていた。市場の娘が、歓声に混ざって、無邪気に踊り出す。その一方で、道端の僧が、静かに念仏を唱え、人々が耳を傾けていた。歓喜と悲嘆が混在するその光景が、勝利の代償を物語っていた。


「若殿、御報告に参りました」


藤吉郎が、泥にまみれた顔で、信長の前へとやってきた。彼の表情は、疲労困憊であったが、その瞳には、確かな成果を勝ち取った喜びが宿っていた。


(あの雷鳴が鳴った時、俺の心は…故郷の土臭い匂いを思い出していた。あの時、俺は、この日のために、この若殿のために、命を懸けようと決めたのだ。そして…俺は、この若殿の傍で、未来を創っていくのだ)


藤吉郎の心に、未来の自分を一瞬だけ夢想する。それは、ただの足軽では終わらない、壮大な未来だった。


「藤吉郎、ご苦労であった。貴殿の功は、忘れてはならぬ」


信長は、そう告げると、藤吉郎の肩に手を置いた。


「藤吉郎、身分など関わりなく、功ある者に任せる。貴殿には、この清洲城を、任せる」


その言葉に、周囲に控えていた老臣たちがざわめいた。


「成り上がり者に、清洲城を任せるというのか…!」


信長は、ざわめく老臣たちを冷たい目で一瞥すると、静かに言った。


「身分ではない、功を見よ。この勝利は、藤吉郎の功なくしてはあり得なかった」


信長の言葉に、老臣たちは言葉を失った。藤吉郎の顔に驚きが走り、一瞬ひるむが、すぐに固く拳を握りしめた。清洲城を任せる。それは、藤吉郎にとって、信長からの、絶対的な信頼だった。


夕暮れの空が、黒漆の鞘に鈍い光を映していた。


血に濡れた野花に、雨粒が落ちて揺れる。遠雷が、まだ遠くで鳴り響き、戦の余韻をかすかに響かせていた。


戦いは終わった。だが、尾張の小国が大国を打ち破ったこの日こそ、新たな戦の始まりだった。


天下布武――その言葉なき理想が、風に散る塵のように、桶狭間の血と泥の上に、確かに芽吹き始めていた。

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