66. 見返りが多すぎる
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コニーの『説得』によって多少は態度を和らげてくれた集落の皆と、他愛もない話を10分ほど交わしてから。スミカはコニーと共に建物の2階へと向かう。
2階部分はもともと、この安全階層にスミカが泊まる際のスペースとして活用しようと考えていた。なので建物を作った当初は、部屋の片隅にベッドと寝具だけを設置していたんだけれど。
現在は1階を大幅に拡張した関係で建物全体がずいぶん大きくなり、2階部分もそれに合わせて広くなってしまったから。6畳ほどを宿泊用個室として分割して、残りの面積は倉庫にしている。
そんな2階の倉庫にスミカはさっそく、今日スーパーを何店も巡って購入してきたばかりの段ボール箱を、魔法の鞄から取り出しては積んでいく。
カップラーメンにカップうどん、カップそばにカップ焼きそば。どれもこれも、安価なインスタント食品ばかりなんだけれど。
これが今、この集落の下位吸血鬼には大人気なのだ。
今回購入してきたのがダンボール箱で12個分。それとは別にこれまでに持ってきた分の余剰が、まだあと20箱分ぐらい。
1箱あたり大体12食入りと考えるなら、32箱は384食分に相当する。
集落に住んでいる下位吸血鬼の人口は50人ちょうどだから――1人当りに換算すると、大体7食ぐらい。
……32個ものダンボール箱は、積まれていると膨大な量にも見えるけど。意外と簡単になくなりそうだな、とも思えた。
「ありがとうございます、姫様。頂きました食料のお陰で、集落の家畜を潰さずに済みそうです」
「それなら良かった。まだ何度でも持ってくるから、遠慮せずに食べちゃってね」
「そう言って頂けると助かります。すっかり皆、舌が肥えてしまって……」
「あはっ」
インスタント食品にハマることを『舌が肥える』と表現したコニーの言葉に、思わずスミカは軽く吹き出してしまうが。
とはいえ農業と畜産をメインに暮らす彼らは普段、薄味の食事が多そうだから。濃い目の味付けが多いインスタント食品の受けが良いのも、理解できる気はした。
「それと、こっちはお菓子だから、みんなでテレビを見ているときにでも食べて。個別に密封包装されていて日持ちするから」
「食事だけでなく、菓子までも頂いてしまうなんて……」
「いやいや、お菓子と言っても安いやつだから、気にしなくて大丈夫」
ポテトチップスやチョコレート菓子が詰まったダンボール箱も6ケース分ほど、魔法の鞄から取り出して少し離れた場所に積み上げておく。
他にティーバッグの紅茶も1ケース買ってあるので、こちらはコニーに直接渡しておいた。
彼女に預けておけば、必要な分だけ適宜1階のキッチンに配置しておいてくれるだろう。
「何か他に必要なものはある? あれば次回以降に持ってくるけど」
「こ、これ以上を望むなんて、とんでもありません! 我々は姫様から、既に充分過ぎるほど手厚く遇していただいています!」
「コニー、敬語やめようね」
「――はっ! す、すみません、姫様」
「その『姫様』って呼び方も、できればやめて欲しいんだけどなあ」
やや苦笑気味に、スミカはそう零す。
村長であるコニーを含めたこの集落の人達は、いつしかスミカのことを『姫様』と呼ぶようになっている。
これは、もともと彼らから『投資者様』と呼ばれていたのを、数日前にスミカがやめさせたんだけれど。じゃあ代わりに――ということで、彼らは一様にスミカのことを『姫様』と呼び始めたのだ。
彼らからしてみれば、集落への投資のことがなくとも『吸血姫』であるスミカを『姫様』と呼び、崇めるのは当然であるらしい。
スミカには理解できないんだけれど、同じ吸血鬼の上位種族というだけで、充分に忠誠を捧げる理由になるんだとかなんとか……。
「姫様。村の皆がダンジョンで稼いだ品は、そっちに纏めてあるから」
「お、了解」
コニーに促されて倉庫の一角を見ると、蓋が開かれたカップ麺の空き箱2つ分の中に、埋め尽くさんばかりの大量の迷宮銀貨が入っていた。
これはスミカの『投資』により宝箱の配置数が大幅に増加している第3階層を、集落の人達が探索して回収してきてくれたものだ。
「うおお……。結構な大金だけど、本当に今回も私が貰っちゃっていいの?」
「ええ、もちろん。そもそも迷宮貨幣なんて、私達にとっては何の使い途もないアイテムだもの。これで少しでも姫様への恩返しになるなら、私達も嬉しいわ」
「少しどころじゃないんだよなあ……」
迷宮銀貨を全て《投資口座》に回収すると、残高が金貨57枚と銀貨22枚分も一気に増加した。
それはつまり――ダンボール2箱に入っていた銀貨が、全部で『5722枚』もあったという事実に他ならない。
迷宮銀貨は1枚あたり約3000円の値で取引されているから――金銭価値に換算すると、およそ1700万円相当。
量が量であるため、集落の皆のためにスミカが調達しているインスタント食品には、それなりに購入費が掛かっているけれど。
とはいえ――1700万円という大金に較べれば、些細な出費であることは言うまでもなかった。
更にはそのすぐ隣に、霊薬がぎっしり詰め込まれたダンボール箱も置かれている。
こちらは宝箱から産出した、銀貨以外の副産物を纏めたものだろう。
コニーが言うには、こちらの箱の中身もスミカが貰って構わないらしい。
霊薬の市場価格は1本あたり約10万円。掃討者ギルドに買い取って貰った場合は安くなってしまうけれど、それでも5万円の値がつく。
間違いなくこちらの箱に入っている分だけで、ひと財産になるはずだ。
「宝箱から産出したアイテムのうち、武具類だけは村で頂いたけれど。それ以外のものは必要ないから、全て姫様のものにして頂戴」
「……霊薬も村で備蓄したほうが良いんじゃない?」
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治癒の霊薬(ランク1)/霊薬
身体治癒力:10
飲用することで痛みを緩和し、外傷を癒す効果がある霊薬。
状態異常や疾病にはあまり効果がない。
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奇跡の霊薬(ランク1)/霊薬
状態治癒力:10
飲用することで状態異常や疾病を癒す効果がある霊薬。
外傷にはあまり効果がない。
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《鑑定》で簡単にチェックしてみたところ、ダンボール箱の中身は治癒の霊薬と奇跡の霊薬が半々ぐらいだった。
怪我や病気を治せる霊薬は、何かあったときのための備蓄品として優秀なはず。なので少なくとも一部は集落で保存しておくべきじゃないだろうか。
そう考えてスミカは提案したんだけれど――即座に否定されてしまった。
「不要よ。住人の中に、回復系の魔法や魔術が使える者が多く居るから」
「な、なるほど……」
どちらの霊薬にしても、ランク1の品で癒せる程度には限りがある。
彼らからすれば怪我であれ疾病であれ、魔法や魔術で癒やしてしまう方が手っ取り早く、確実でもあるわけだ。
「じゃあ、本当に貰っちゃうよ?」
「ええ。どうぞ姫様のほうで役立てて頂戴な」
ダンボール箱に入っている霊薬を、全て魔法の鞄に回収する。
鞄の中に右手を入れて確認してみたところ、どうやら治癒の霊薬が92本、奇跡の霊薬が90本あったらしい。
1本あたり5万円で換算すると――。
……いや、うん。あんまり金額の計算はしないようにしよう。
そのほうが精神衛生上、良さそうな気もするし。
また霊薬だけでなく、ダンボール箱の底のほうに弔いの御札も30枚ほど入っていた。
第3階層の宝箱を回収して周っている際に遭遇して、討伐した魔物のグーラからドロップしたものだろう。
30枚程度なら、さして不審に思われる数でもないだろうし。こちらはダンジョンの窓口なり葬儀業者なりに持ち込んで、簡単に現金化ができそうだ。
(霊薬に関しては、どう扱ったものかなあ……)
この量の霊薬を、買い取りのためにダンジョンの窓口などへ一度に持ち込めば、対応してくれた相手から不審に思われるのは目に見えている。
現金同然の価値がある資産ではあるけれど……。疑われずに現金化できるのは、せいぜい1~2本ずつぐらいだろう。
当面は魔法の鞄の中に、死蔵するしかなさそうだ。
(……そういえば私、自販機は投資で設置できるんだよね)
以前《階層投資》でダンジョンの中に何を設置すれば便利かを考えていた際に、いちど自販機の設置を考えたことがあったのを、スミカはふと思い出す。
確か、自販機はコストも安くて――銀貨10枚ぐらいで設置できた筈だ。
例えば、日本銀行ダンジョンのように利用者がとても多いダンジョンに霊薬の自販機を設置して、他の掃討者相手に商売をする。
――そういう選択肢も、結構アリじゃないだろうか。
迷宮貨幣か現金に交換できれば、使い途には困らないしね。




