65. スキルジェム
キーナと他愛もない会話を交わしながら、スミカは迷宮路を歩んでいく。
会話は脳内だけでできるので、口では讃美歌を歌いながら。
こうするだけで、近くにいる魔物は勝手に掃討されていくはずだ。
以前はダンジョンに入った直後に、下位吸血鬼の集落がある第4階層へ『階層転移』することが多かったんだけれど。
ステータスカードの裏面に記される『魔物の討伐記録』には、討伐した順番通りに魔物名が記録されていくため、下手に階層転移を利用して第2階層以降の魔物から倒し始めてしまうと、記録がちょっと不審なことになってしまう。
そのことに気づいてからは、可能な限りちゃんと第1階層から順番に魔物を掃討していくことにしていた。
もちろん行きに『階層転移』で第4階層へと移動したあと、帰りも第1階層まで転移すれば、そもそも魔物とほぼ戦わないで済むんだけれどね。
でも、それはそれで『ダンジョンに入っているのに魔物を討伐していない』ことが読み取れてしまうので、ステータスカードを確かめた自衛隊の人から怪訝に思われかねない。
なので『階層転移』もエレベーターも使わず、なるべく第4階層まで普通に歩いて移動するようにしている。
歌いながら歩いてさえいれば、討伐記録は勝手に増えていくからね。
まあ……討伐するだけで、魔力を稼げないのが残念だけど。
〔そういえば、公民館に設置した娯楽はどう? 楽しめてる?〕
〔毎日とても楽しませて頂いております。投資者様には感謝しかありません〕
〔キーナが喜んでくれてるなら、良かったよ〕
ここで言う『娯楽』とは、集落に設置したテレビのことだ。
以前にスミカは、集落の長であるコニーの家のすぐ隣に、投資の能力を活用して建物をひとつ建てたんだけれど。
スミカはこの建物に、集落に住んでいる人たちなら誰でも自由に利用できる施設だと判るよう『公民館』と名前を付けた。
当初の公民館は1階と2階にそれぞれ1部屋ずつしかない、そこそこの大きさの2階建ての建物だったんだけれど。現在は大幅に拡張され、ちょっとした屋敷ぐらいのサイズになっている。
1階には12畳の広さがある居間が3つと、食堂も兼ねる大型キッチンが1つ。各居間に大きなテレビと音響を設置してあるので、集落に住んでいる人たちは暇さえあれば公民館に入り浸り、テレビの視聴を楽しんでくれているそうだ。
もともとはキーナに娯楽を提供するために設置したものだけれど。集落の人たちにとっても娯楽になるなら、無論それに越したことはない。
ちなみに、ダンジョンの管理者であるキーナは、その役割を全うするための権能としてあらゆる言語を理解できるため、テレビの視聴には何の問題もないそうだ。
じゃあ住人である下位吸血鬼の人たちはどうなのかと言えば、こちらはスミカの『投資』によって生み出された存在なので、スミカの母語である日本語は最初から理解できるんだとか。
逆に言えば、彼らは『日本語以外は理解できない』ので、番組中に英語などが話されている場面があると、途端に意味を理解できなくなってしまうらしい。
まあ、ちょっとした英語ぐらいなら、テレビの視聴を続けていればそのうちに、感覚的に理解できるようになる気がするけれどね。
〔集落の人たちには、どういう番組が人気なの?〕
〔そうですね――最も人気があるのは、やはり歌番組でしょうか〕
〔お、そうなんだ? ちょっと意外かも〕
歌なんて、特に英語の登場機会が多そうに思える。
もし洋楽が取り上げられれば、歌詞の全てが英語なんてこともあるだろう。
その意味が判らなくて、困ることになったりはしないんだろうか。
〔言葉が判らなくとも、音楽や歌声は、感情を震わせるものがありますから〕
〔ああ――なるほど〕
キーナの言葉に、スミカはすぐに得心する。
言われてみれば確かにそうだ。日本人だって洋楽を聞くときには、歌詞の意味なんて判らずに楽しんでいる人のほうがずっと多そうな気がするし。
〔もちろん集落の皆様だけでなく、私も歌は好きですね〕
〔キーナも?〕
〔はい。今もそうですが――実はこのダンジョンで投資者様が歌っている時には、毎回のように歌を映像ごと記録に残しておりますし〕
〔えッ。……そ、そうなんだ?〕
〔集落の皆様にも、是非聞かせてあげたいですね〕
流石にそれは恥ずかしすぎるので、勘弁して欲しい……。
キーナと集落の話などを交わしつつ、第1階層を歩いていると。
ふと、スミカはダンジョンの通路の隅に、キラリと光る小さな石のようなものが落ちていることに気づいた。
おそらく、スミカが常に歌い続けている讃美歌によって倒された魔物が残した、何かしらのドロップアイテムだろうか。
(そういえば、アンデッド系の魔物は宝石を落とすんだっけ)
以前にも瑪瑙の原石を拾ったことがあったな、とスミカは思い出す。
もっとも、今回落ちている石はあの時の瑪瑙に較べるとサイズがずっと小さい。
けれどもまるで、これ自体が発光しているかのように煌々(こうこう)と光を湛えていて、強い存在感を持ったものでもあった。
〔これは――スキルジェムですね〕
〔スキルジェム?〕
〔はい。ダンジョンに棲息するほぼ全ての魔物が、ごくごく低確率で残すアイテムです。大変に希少なものとされています〕
〔へー……〕
地面から石を拾い上げて、つぶさに観察してみると。
それは真球にしか思えない美しい形状をした石で。角度を変えてみると、帯びている光の色合いが少し変わったりする、なかなか不思議な物体だった。
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スキルジェム〈再生〉/特殊ジェム
スキル獲得:〈再生〉
新たにスキルを修得することができる特別な宝石。
既に修得済みである場合にはスキルランクが成長する。
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試しに《鑑定》もしてみると、いつものウィンドウ形式で、やや短めの説明文がスミカの視界に表示された。
どうやらこの石は〈再生〉というスキルを覚えることができるアイテムらしい。
〔なるほど……。この階層に棲息するゾンビは自己再生能力を持っていますから、その関係で〈再生〉のスキルジェムを落とすのでしょうね〕
スキルのことを伝えると、キーナが得心したようにそうつぶやいた。
その言葉を聞いて、スミカは思わず頬を引きつらせる。
〔ええ……? じゃあ、この〈再生〉スキルを覚えたら、ゾンビみたいな身体になっちゃうってこと……?〕
〔いえ、スキルを得たからと言って身体の本質が変わるわけではありませんので、そこまで極端な変化は起きないでしょう。怪我の治りが早くなり、本来なら自然には再生しないレベルの身体の欠損なども回復する程度ではないでしょうか〕
〔身体の欠損って言うと――腕や脚を失うとか?〕
〔そうですね。時間は掛かるでしょうが、おそらく〈再生〉スキルがあれば、そのような重篤な怪我も治るようになると思われます〕
〔おおー〕
そう言われると、なかなか凄いし便利なスキルだなと思う。
掃討者をやっていれば、怪我を負うリスクなんか幾らでもあるだろうし。とりあえず保険として持っておくには、良い品なんじゃないだろうか。
魔法の鞄の中に保管してから、スミカは再びダンジョン内の移動を再開する。
それ以降は特に何のイベントもなく、もちろん魔物と遭遇することもなく、第1階層から第3階層までをのんびり歩いて通過することができた。
安全階層である第4階層に入ると、ダンジョンの天井がなくなり、夜闇の空だけが頭上に広がる空間へと一変する。
誰を弔ったものかも判らない、点々と墓地があるばかりの草原を歩いて、スミカは真っ直ぐに集落を訪問する。
「こんにちは、お仕事お疲れさま」
「これは姫様! ようこそお越しくださいました!」
集落を囲む木製の防壁。その唯一の出入り口である門を守る4人の下位吸血鬼が、スミカの姿を見確かめるなり深々と頭を下げた。
最初の頃はスミカを見るたびに跪いたり、平伏してきていたのだから。これでも膝を突かずに挨拶してくれるようになっただけ、幾らか対応がマシになっていると言える。
すぐに門を開けてくれたので、歩哨の人たちにお礼を言って、集落の中へと入らせてもらう。
住民たちは誰もが、スミカを見るたびに深々と頭を下げてくる。それに応えるように、スミカからもまた手をひらひらと振ってみせた。
〔そういえば。今更だけれど、集落に住む人たちって女性ばかりだよね〕
男性も全く居ないわけではないけれど、女性のほうが圧倒的に多い。
割合的に言えば――女性9に対して男性1ぐらい?
偶然そうなったとは思えないぐらいの、顕著な偏りに思えるけれど……。
〔創造主が女性好きなのが、反映されているのでは?〕
〔そうかな……そうかも……〕
ぴしゃりと告げられた、キーナの一言。
言うまでもなく、何ひとつスミカに言い返せる筈もなかった。
集落の中央付近にある、青い屋根の小さな家。
村長であるコニーが住む家のドアを何度かノックしてみるけれど、反応がない。
〔公民館のほうに居るのかな?〕
〔多分そうでしょう〕
コニーの家から離れて、スミカたちは公民館へと移動する。
とは言っても、公民館はコニーの家の隣にあるので殆ど歩くこともなく、すぐに着いちゃうんだけれどね。
公民館は集落の住人なら誰でも自由に出入りできる施設なので、玄関のドアに鍵は掛かっておらず、来訪を知らせるためのドアノッカーも付いていない。
勝手知ったる家のように、スミカがドアを開けると。
すぐに――家の中から、沢山の人達が笑う賑やかな声が聞こえてきた。
少し大きめに作ってある玄関には、沢山の靴が並んでいる。
どうやら公民館の利用に際し、コニーに周知をお願いした『土足禁止』のルールは、ちゃんと住民のみんなに守って貰えているようだ。
「こんにちはー」
玄関から一番近い居間へ入り、室内でわいわいと賑わいながらテレビを視聴していた10名ほどの集落の住人たちにそう声を掛けると。
賑やかな喧騒が瞬時にピタリと収まって。彼らは一様に緊張した面持ちになり、全員が深々とスミカへ向けて頭を下げてきた。
「ああ、頭なんて下げなくていいからいいから。普段通りにくつろいで頂戴」
スミカはそう告げるんだけれど、なかなか皆、簡単には頭を上げてくれない。
平伏されなくなっただけマシとはいえ……。できれば集落に住んでいる人たちとは、もうちょっと気安い関係を築きたいんだけどなあ……。
「皆、姫様の言う通りになさい」
内心でスミカが困っていると。居間の奥にあるキッチンから姿を見せた少女が、皆に向けてそう声を掛けた。
――この集落の長であるコニーだ。
どうやらスミカの意を察し、皆のことを説得してくれるらしい。
「で、ですが村長……。流石に姫様に対して無礼な真似は……」
「我々は姫様に対して絶対的な忠義を捧げているのですから、その言葉に抗うことなどあってはいけません。姫様が笑えと言えば笑い、踊れと命じれば踊り、もしも死ねと望まれたなら即座に自害して果てるのが我らの本懐。普段通りにせよと言われたのですから、その命に疑いなど持ってはなりませんよ」
「な、なるほど、それは確かに……」
「………………」
なんだか、スミカが期待する『説得』とは、ちょっと違う気もするけれど。
ま、まあ……これで皆の態度が少しでも和らぐなら、別にいいかな……?
……いいのか?




