64. 常連客
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幾つかのスーパーを巡って買い物を済ませたスミカは、そのままクロスバイクを走らせて錦糸町駅へと向かった。
この辺りは平坦な地形ばかりなので、自転車を走らせるにはとても快適。
それなりにスピードを出しながら町並みを颯爽と駆け抜け、駅前にある駐輪場へ自転車を停めた。
そこから、すぐ近くにある錦糸公園まで徒歩で移動する。
緑が豊かな錦糸公園は、平日でも休日でも沢山の利用者で賑わっていて。小さな子供を連れた、幸せそうな家族が多い光景を眺めていると、自然と頬が緩んだ。
(ここにゾンビが溢れたら、大変なことになるよね……)
けれども同時に、スミカは心の中でそんなことも思う。
実際に少し前には、錦糸公園ダンジョン内の魔物が増え過ぎており、いつ溢れてもおかしくない状況になっていたこともあった。
もしダンジョンの中からゾンビなどの魔物が排出されてしまえば――。
この微笑ましい光景は、いとも呆気なく崩れることになるんだろう。
それを思うと――魔物を間引いて災害の発生を未然に防ぐことに、少なからず貢献できている自分を、少し誇れるような気もした。
「――お久しぶりです、祝部さん」
園内を歩き、錦糸公園ダンジョンの入口近くに設けられている、自衛隊の天幕へ近づくと。
こちらから話しかけるよりも先に、自衛官の人からそう言葉が掛けられる。
相手は、180cmはあろうかという長身で、体格の良い男性。
その姿には、以前に見覚えがあった。
「えっと……。確か、斎藤さん、でしたよね」
「はい、二等陸尉の斎藤です。まさか覚えて頂いているとは」
スミカの言葉に、少しだけ驚きながら斎藤がそう答える。
自衛官の男性には長身の方が多いけれど、とはいえ流石に180cmの大台に乗ろうかという人は少ない。
今や幼女も同然の体躯になっているスミカからすれば、大きく見上げながら話さないといけない相手なので、記憶に残るのも当然だと言えた。
「部下から話は聞いております。祝部さんはここ最近毎日のように、この錦糸公園ダンジョンへ通い詰めてくださっているそうですね。魔物の間引きにご協力頂き、ありがとうございます」
「いえ、自分の稼ぎのためですので、感謝されるようなことでは。
そういえば……斎藤さんは以前、ここ錦糸公園ダンジョンの管理任務責任者だと名乗っていたように思いますが。そのわりに、あまりお会いしませんね?」
斎藤が言うように、スミカは安全階層に下位吸血鬼の集落を作って以降、ほぼ毎日のようにここへ通い詰めているわけだけれど。
おそらく斎藤とは――以前に石碑の《鑑定》を頼まれたあの日以来、一度として会ってはいない。
天幕内は見通しが良いので、斎藤のように体格が良い男性が滞在していたなら、ダンジョンの入退場手続きをする際に目に入りそうなものなんだけれど。
「ああ――。自分は間違いなく管理任務責任者ではあるのですが、少し誤解を招く言い方だったかもしれません。実は、自分はこのダンジョンだけに限らず、墨田区全体のダンジョンを担当しているんです」
「あ、なるほど、そうなんですね。ということは東京スカイタワーのダンジョンなども斎藤さんが担当を?」
「いえ、スカイタワーだけは例外的に別の者が担当しております。あそこは近隣施設なども含めると特に観光客が多く、重点警戒ダンジョンとなっておりますので、専任の担当者が居るのです」
それから斎藤は、自身が担当について説明してくれた。
錦糸公園と東京スカイタワー、そしてスミカがフミと一緒に初めて利用したダンジョンである白鬚東アパート。その3箇所を除いても、区内には両国国技館、江戸東京博物館、旧安田庭園など、まだまだ様々な場所にダンジョンがあるらしい。
そんな墨田区各所にあるダンジョンは、東京スカイタワーという例外を除いて、全て斎藤が担当責任者となっているそうだ。
「………………もしかして斎藤さんって、結構偉い人だったりしますか?」
「いえいえ、自分なんて大したものでは」
スミカが問いかけた疑問に、斎藤は軽く笑いながらそう謙遜してみせるけれど。
そんなに沢山のダンジョンを任される立場にある人が偉くないとは、スミカにはどうしても思えなかった。
自衛隊の階級には詳しくないけれど――。『二等陸尉』ってどのぐらいの立場になるんだろうね?
5分ほど立ち話をしてから、斎藤と別れて錦糸公園ダンジョンへと入る。
いつも通り、ダンジョンに入ってすぐの『石碑の間』に設置されている自販機で、緑茶と紅茶のペットボトルを1本ずつ無料で購入。
せっかくの無料提供品だからね。このダンジョンへ足を運ぶたびに、有難く毎回2本ずつ貰うようにしているのだ。
もちろん魔法の鞄の上限も拡張されたわけなので、もっと沢山購入して収納しておくことも可能ではあるんだけれど。
とはいえ利用者が殆ど居ないこのダンジョンで飲料の大量購入を行えば、犯人がスミカであることは自明のようなもの。
なので、貰うのは毎回2本ずつだけ。
お茶系のペットボトルなら、とりあえず鞄に備蓄しておいて損はないしね。
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□錦糸公園ダンジョン
階層数 :全32階層
安全階層:4、8、12、16、20、24、28
【魔物許容限界】
第1階層:22%
第2階層:23%
第3階層:0%
第5階層:86%
第6階層:100%
第7階層:100%
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ついでに『石碑』を《鑑定》して、錦糸公園ダンジョン内の魔物が増えていないかをチェック。
第1~2階層に棲息する魔物は、少しずつその数を増やしているようだけれど。一方で第3階層では、魔物の間引きがかなり精力的に行われていることが判る。
言うまでもなく――第3階層の魔物を掃討してくれているのは、スミカが作った集落に住んでいる下位吸血鬼の人たちだ。
彼らには第3階層を探索して回り、スミカが投資により配置数を大幅に増やした宝箱の回収をお願いしている。
その探索のついでに、魔物が大量討伐されているようだ。
(探索するのは手が空いた時間だけで良いって、言ったんだけどなあ……)
討伐状況から察するに、ダンジョン探索のために集落から、結構な人手を割いてくれているんじゃないだろうか。
有難いことではあるけれど……。同時に、ちょっぴり申し訳なくも思えた。
『石碑の間』から更に階段を下り、ダンジョンの第1階層へ侵入。
即座に頭の中に第1階層の『階層地図』を展開して、まず周囲に敵の存在がないことを確認。
フミが一緒に居る時には、彼女が周囲を警戒してくれるお陰で、魔物から奇襲を受けることはないわけだけれど。今みたいにスミカひとりの時には、安全の確認を最優先で行わないといけない。
〔おかえりなさいませ、投資者様〕
ほどなくスミカの脳内に、落ち着いた女性の声が直接聞こえてきた。
ここのところ毎日のように聞いているその声を、スミカが聞き違う筈もない。
〔こんにちは、キーナ。今日もお邪魔するね〕
〔はい。なんのお持て成しもできませんが、是非ゆっくりしていってください〕
抑揚に乏しいキーナの声色には、けれど確実に喜色が入り交じっている。
いつからか、このダンジョンへ来るたびに『おかえりなさい』と言って迎えてくれることも相俟って。いつもスミカは嬉しい気持ちにさせられていた。
〔ダンジョン内の様子に変わりはない?〕
〔今朝は珍しく、このダンジョンに投資者様以外の訪問者がありました〕
〔お、そうなの? どこかの階層で狩りをしてた?〕
〔いえ。訪問者が滞在したのはダンジョン入ってすぐの『石碑の間』だけで、そこに設置している機械に商品のようなものを補充していたようです〕
〔ああ……〕
それは掃討者ではなく、おそらく自販機を管理している会社の人だろう。
錦糸公園ダンジョンは利用者が少ないぶん、自販機の飲料はあまり消費されていないだろうけれど。売上に関係なく、管理会社の人は定期的にチェックしに来るだろうからね。
〔『普段よりも在庫の消費が多いな』とか、『お茶系のペットボトルばかりが買われているな』とか、そういった独り言を漏らしていましたね〕
〔あー……〕
自販機の在庫が減っているのは、スミカが毎日2本ずつ購入しているからだ。
今後はお茶系以外のドリンクも満遍なく購入すべきかなあ――と。スミカは内心でそんな風に、少しだけ反省(?)するのだった。




