59. 主
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第4階層の南西部へ移動したあと、まずエレベーターの出入口を設置して。
そのすぐ隣に六畳一間ぐらいの小さな小屋も建てて、スミカはしばらくそちらで時間を潰した。
小屋を建てるのも、室内に家具を配置するのも。迷宮貨幣を支払うだけで、全て簡単にできてしまった。
……今更だけれど、『投資』の力って本当に凄いなと思う。
こんなことができるなら、ダンジョンの中に安全な拠点を作り放題じゃないか。
小屋の設置に掛かった費用は、全部で『金貨23枚』
内訳は建物の設置コストが『金貨2枚』、ソファと座卓が合計『金貨1枚』。
そして――コンセント差込口の設置に掛かったコストが『金貨20枚』だ。
――そう。建物内にコンセントの差込口が、普通に設置できちゃったんだよ。
モバイルバッテリーでどう充電するかとか、スマホの電池を維持するために色々と頭を悩ませた時間は、一体なんだったんだろうね……。
もちろんコンセントには、ちゃんと給電がされていて。実際にスミカのスマホは現在、電源接続状態のまま動画を再生し続けている。
キーナが〔外の世界を知りたい〕と希望してきたので、いま連続再生しているのはYoutubeにある、某テレビ局の『NEWSチャンネル』の動画だ。
当然、至って真面目なニュース動画ばかりが流れているわけだけれど。キーナにとってはそれも充分な娯楽らしく、彼女はとても楽しそうにはしゃいでいた。
一方でスミカは対照的に、ちょっと困ることになった。
ずっと動画を再生し続けているから、スマホを使用できないし。キーナが完全にスマホに夢中になっているから、会話する相手も居ない。
というわけで――思いもよらず手持ち無沙汰になってしまったスミカは、ソファで少し眠って時間を潰した。
睡眠を必要としない身体になって以降は、完全に眠ることを生活から排除してしまっていたから。こうしてちゃんと睡眠するのは本当に久々のことだ。
意識が覚醒したのは――およそ3時間後のこと。
スマホからけたたましく鳴ったアラームの音で、ゆっくり目を覚ました。
(そういえば、集落ができる時間にタイマーをセットしてたんだっけ……)
ソファから起きて身体を伸ばしながら、スミカはそのことを思い出す。
短時間の睡眠だけれど、体全体を充分に休めることができたようだ。
〔……大変な身勝手をしてしまい、申し訳ありませんでした〕
心底申し訳無さそうな、キーナの声がスミカの頭に届く。
どうやら『お喋り』をする約束を反故にしたことを気にしているらしい。
〔いいよいいよ。動画はどう? 楽しい?〕
〔大変に興味深いです。ぜひこのスマホなる物品を、このままダンジョンに置いていって頂けると嬉しいのですが〕
〔あー……ごめん、その端末は無理。明日にでも新しいスマホを持ってくるから、そっちで勘弁して〕
流石にメインで使用しているスマホは、譲渡するわけにはいかない。
それがなくなると、フミやリゼたちと連絡を取れなくなっちゃうしね。
〔承知いたしました。ありがとうございます、投資者様〕
〔とりあえず、そろそろ集落ができてる頃だから、見に行ってみよ?〕
〔はい。私も大変気になっております〕
というわけで靴を履いて外に出たあと、まず中身ごと建物を消去して、設置時に消費した23枚の金貨を《投資口座》へ回収する。
それから第4階層の東側、木製の防壁で囲まれている集落のほうへと向かった。
ゆっくり10分ほど歩いて、防壁のすぐ傍にまで近寄る。
木製ではあるけれど、なかなか頑丈な造りの防壁だ。高さも3m近くあるなど、少なくとも第3階層までの魔物――ゾンビやゾンビドッグ、グーラの侵入を阻むのには充分なものだろう。
(……まあ、魔物はこの『安全階層』に来ないだろうけれどね)
同時にスミカは、そんなことも思う。
魔物が来ない場所にある集落に、防壁って必要なんだろうか……?
防壁の外側をぐるっと回るように歩いていると、ほどなく防壁が途切れており、開かれた門扉がある場所が見えてきた。
その門には剣や槍などの武器を持った人たちが、4人も歩哨に立っていて。
なかなか厳重な警戒態勢だなあ、と内心でスミカは思う。
歩哨に立っている人達はいずれも黒い服を身に着けており、更に黒いマントまで羽織っている。
なかなか特徴的な格好ではあるけれど、彼らの容姿自体は普通の人間と全く同じもののように見えた。
とはいえ――彼ら全員が『人間』でないことが、スミカにはすぐ判ってしまう。
彼らがスミカのお仲間だからだ。
お互いに夜の眷属の『夜魔』であり、そして同じ『吸血鬼』の一種でもある。
「――ようこそお越し下さりました。我々の主にして、吸血鬼の祖たるお方」
スミカの姿を認めるなり、歩哨に立っていた4人全員が、その場に跪いた。
本来なら随分と大仰な彼らの対応に、まず驚くべきなんだろうけれど――。
不思議なぐらいに、彼らから『主』と呼ばれ、そして下にも置かない対応をされることに対し、スミカは違和感を覚えなかった。
「集落の中に入っても構わない?」
「もちろんでございます。この集落は主様のお力によって生み出されしもの。ご自身の領地と思い、いつでも自由にご来訪くださいませ」
「そ、そう……?」
慇懃に過ぎる彼らの対応と物言いに、スミカは内心でちょっと引く。
まあ、入場を拒まれないこと自体は有難いんだけれどさ。
防壁の内側に入ってから、内部の様子を見渡してみると。
そこには結構な広さの農地があり、鶏や牛を放牧している牧場もあって。それなりの数の家屋があり、井戸なども存在していた。
やはり集落を設置すると、家屋以外にも様々なものが一緒にできあがるらしい。ちなみに防壁の外側とは違い、集落の中に『墓』はどこにも無いようだった。
〔彼らの営みが感じられる集落ですね〕
キーナが告げた言葉に、スミカも頷きながら同意する。
農地を耕している男性も居れば、井戸端で服か何かを洗っている女性も居る。
彼らは全員が『下位吸血鬼』という魔物の筈なんだけれど。こんな風に生活している光景を見てしまうと、人間と何も変わらない生物にしか思えなかった。
集落内で生活している人達はスミカの存在に気づくと、土で服や身体が汚れてしまうのも厭わず、即座にその場で平伏してしまう。
この対応には……スミカの側が困惑してしまった。
自分はどうやら、彼らにとって『主』らしいけれど。とはいえ別に、彼らに対して偉ぶりたいとは微塵も思っていないからだ。
「この集落で一番偉い人はどこにいますか?」
「村長でしたら、青い屋根の家に住んでおります!」
スミカが問いかけた言葉に、顔を地面に伏せたまま、そう回答する女性住民。
とりあえず……この大仰過ぎる対応は、是非とも早めに改めて欲しいところ。
そのためにも、まずは集落で一番偉い人に会う必要があるだろう。
「青い屋根の家……ああ、南側にあるあの建物ね? ありがとう、行ってみます」
「こちらこそ、お声を掛けてくださりありがとうございました!」
「………………」
(――私はこの集落の人達にとって、王侯貴族か何かなのか?)
思わずスミカは、心の中で誰にともなくそう愚痴る。
なんともやりにくいなあ……と、表情には出さずに苦笑するばかりだった。