54. (魔改造の)予行練習
『S』キーが壊れたキーボードを予備と交換したのですが、予備は予備で一部キーの挙動がおかしくて。
結局、壊れたキーボードを継続使用しながら、Sキーをバーチャルキーボードで入力するという強引なやり方をしたため、更に1日遅くなりました。
ゆるして_(:3」∠)_
新しいキーボードは昨日到着して交換しました。(amazonで1100円の安物)
エレベーターの設置が終われば、もう第1階層に用はない。
――というわけで『階層転移』を利用して、下り階段までワープ。
第2階層へ下りてから、改めて地図を確認する。
エレベーターは別に、上下が繋がった座標に設置する必要はない。
第1階層では南西側にエレベーターを設置したわけだけれど、この第2階層では真逆の北東側にエレベーターを設置する、ということも普通にできる。
(まあ、でも……わざわざ違和感がある位置に置く必要もないか)
そう思い、スミカは『安全区画』とエレベーターを設置するために、第2階層でも南西側の隅にある小部屋を目指すことにする。
当たり前だけれど、第1階層だけにしか出入口がない現状のエレベーターには、何の価値もない。
この階層などにもエレベーターの出入口を設置して、初めて階層間の移動ができる設備としての価値が生まれることになる。
……まあ、やろうと思えば『階層転移』で第3階層まで一気に下りられるスミカ自身には、それほど必要なものでもないんだけれどね。
でも、人が居ないこのダンジョンで一度設置を経験しておけば、他のダンジョンにエレベーターを設置する際にもスムーズに行えそうだし。
設置の予行練習と考えて、割り切ることにしよう。
投資した金貨がもったいなく思えたら、後で撤去しても良いわけだしね。
(この階層の魔物は確か、ゾンビドッグだよね……)
第1階層のゾンビに較べれば、見た目も悪臭も多少はマシだけれど。
ゾンビと同じく、なるべく出会いたくない魔物なのは変わらない。
というわけで、それなりの声量でダンジョンの中に讃美歌を響かせながら、スミカは第2階層の通路を歩く。
静謐なダンジョンの中で、歌声は非常によく響く。それこそ、スミカからも見えていないような場所にも――例えば、曲がり角の向こう側にだって届いている筈だ。
そのため、スミカが歌う〈聖歌〉は、スミカの視界にまだ捉えていない時点で、アンデッドの魔物を滅ぼしてしまう。
お陰で、アンデッドの不快な見た目や悪臭を見ずに済むのが、とても有難い。
(……〈聖歌〉のスキルを覚えることができて、とても助かってるなあ)
前回の探索後にネットで軽く調べてみたんだけれど――〈聖歌〉という名称のスキルは、過去に存在が確認されていないもののようだ。
もちろん、過去にこのスキルを修得した人が広めていないだけ、という可能性も充分に有り得るけれど。世に情報が出回っていない時点で、結構マイナーなスキルなのは間違いないだろう。
こんなに便利なスキルなんだから、ネット上にひとたび情報が出たなら、拡散されるのは早いだろうからね。
あるいは本当に――スミカが世界で初めて所持したスキルという可能性もまた、充分に有り得るとは思う。
というより、可能性としてはそっちのほうが高いかもしれない。
ネットで調べたところによると、『ダンジョンの中で色々試していたら、未知のスキルが修得できてしまった』という事例は、珍しくはあるけれど、それなりに確認されているらしい。
例えば、過去に『ダンジョンの壁を壊せれば最短ルートで移動できるのに』と考えて、ツルハシで壁を殴りまくっていた人が〈壁破壊〉のスキルを修得したり。
魔物を誘い出す目的で、いつも口笛を吹きながらダンジョンの探索をやっていた人が〈寄せ笛〉というスキルを修得したり。
国内の記録では見つからなかったけれど、海外も含めると、そんな風に意図せずスキルを修得できてしまった事例が10ケースぐらいあったようだ。
また、海外の掃討者フォーラムでは『未知のスキルを修得できる条件』というのも真面目に考察されていて。
その条件の1つとして、ダンジョンの内部で『あまり他人が試していないことを実践する』ことが挙げられていた。
壁を壊すなんてのは、思っても実際にはやらないのが普通だろうし。
敵を誘い出す場合でも口笛より先に、まず声を張り上げたり、剣や盾を打ち鳴らして金属音を響かせるなど、他の手段から模索するのが普通だと思う。
そう考えると、案外これは説得力がある考察なんじゃないかな。
そしてもう1つ考えられている条件が、『当事者の精神能力値の合計が高い』というものだ。
過去に未知のスキルを修得できた人の中には、自身のステータスカードの内容を書き写して、公開してくれている人が結構居るんだけれど。
それらの人たちは例外なく[知恵]や[魅力]や[幸運]――いわゆる『精神能力値』として知られている3種の数値が高めらしいのだ。
そして――スミカもまた、その例に漏れない。
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ホウリ・スミカ
吸血姫/19歳/女性
〈投資家〉 - Lv.5 (12999/13230)
[筋力] 8
[強靱] 9
[敏捷] 10
[知恵] 13
[魅力] 14
[幸運] 17
-
◆異能
[真祖][吸血]
《迷宮投資家》《投資口座》《損害保険》
《人物投資》《階層投資》
《鑑定》《偽装》
◇スキル
〈聖歌Ⅱ〉
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能力値は『7』が一般人の平均値で、『12』が一般人の限界値とされている。
なお、ここで言う『一般人』とは、レベルアップを験していない人のことだ。
スミカは過去に5度のレベルアップを経験しているけれど。どうやら〈投資家〉の天職では精神能力値ばかりが成長するようで、3種の精神能力値はいずれも一般人の限界を既に超えていた。
なので、もしかすると海外の掃討者フォーラムに書かれている考察は、意外なほど正鵠を射たものかもしれない。
少なくともスミカはその情報を知ったことで、なぜ『吸血姫』という、どちらかといえばアンデッド側に与していそうな種族の自分が、〈聖歌〉なんてスキルを得ることができたのか……その理由の一端を理解できた気がした。
(いつの間にか〈聖歌〉のスキルランクが上がってるな……)
自身のステータスカードを眺めたスミカは、今更ながらそのことに気づく。
スキルは活用していると等級が上がり、より洗練されたスキルへと成長する。
〈聖歌Ⅱ〉というのは、〈聖歌〉スキルの等級が『2』であることを示す。
最初はもちろん『1』だったので、いつの間にか成長していたようだ。
スキルランクが成長すれば、それだけ効果もより高いものになる。
以前はゾンビなどの魔物を倒すのに、1分半ほど歌を聞かせる必要があったけれど。今ならもっと短い時間で討伐することができそうだ。
もしかしたら歌の効果が及ぶ範囲も、今まで以上に広がっているかもしれない。
(できれば効力や範囲よりも、使い勝手がよくなると嬉しいんだけどなあ……)
スミカは内心で密かに、そんなことを思う。
現在スミカの身体に蓄積している魔力量は『12999』。
そして次のレベルに成長するために必要な魔力は『13230』。
つまり、あとたった『231』点分の魔力を集めるだけで、次のレベルへ成長できる筈なんだけれど――。
残念ながらスミカの魔力は『12999』から一向に増える気配がない。
歌っている間ずっと魔物とは遭遇していない――即ち、遭遇する前に〈聖歌〉のスキルの効果で魔物を討伐できているのに、だ。
討伐した魔物の身体は光の粒子に変わり、付近一帯に拡散する。
この光の粒子の正体こそ『魔力』であり、これを吸収することで掃討者は身体に魔力を蓄え、レベルアップに近づくわけだ。
魔力の粒子は結構遠くまで飛び散るため、魔物を弓のような遠距離武器で討伐した場合でも、掃討者は問題なく魔力を得ることができる。
けれど――魔力の粒子は壁で反射することがない。
ダンジョンの壁や床、天井などに触れた粒子は、その時点でダンジョンに回収されてしまうからだ。
討伐した魔物から魔力を得るためには、原則として『魔物が見える位置で倒す』必要がある。
なので〈聖歌〉によって見えない位置に居る魔物を倒しても、魔力を得ることはできないのだ。
まあ、ステータスカードの裏面に討伐記録は残るから、免税ポイントはちゃんと蓄積されるんだけれど……。
自分の成長に全く繋がらないのは、やっぱり残念ではある。
……まあ「だったら魔物を視界に捉えてから歌えよ」って言われれば、その通りでしかないんだけれどね。
ゾンビとかゾンビドッグみたいに、グロ画像と腐臭がミックスされた魔物になんて、遭遇したくないんだよ……。
「――お」
そんなことを考えながら通路を歩いていると。
ふとスミカは、進行方向のダンジョンの床に、ラグビーボールに似た大きさと形状の岩が落ちているのに気付いた。
その岩はぼんやりと発光するダンジョンの床の光を受けて、綺麗な橙色を帯びている。
これは、もしかして――。
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瑪瑙/宝石
層になった縞状模様を持つ水晶。
産出したダンジョンに応じて様々な色味や紋様を呈する。
ダンジョン産の瑪瑙は錬金術の材料や
付与魔術の触媒として非常に高い価値を持つ。
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《鑑定》で視てみると、その岩が『瑪瑙』であることが判った。
未加工の原石のようだけれど――原石とは思えないほど、既にとても綺麗だ。
当たり前だけれど、持ち上げてみるとずしりと重かった。
多分、5kgぐらいはあるだろうか。
(……そういえばアンデッドの魔物は、低確率で宝石をドロップするんだっけ)
確か数日前に、そんなことをリゼかミサキから聞いた気がする。
通常なら瑪瑙のような宝石は、適切にカットや研磨などの手間を加えることで、初めて美しさと気品を帯び、高い価値を持つようになるものだけれど。
この大きさと美しさなら未加工の原石でも、それなり以上の価値がありそうだ。
まあ、宝石に詳しいわけじゃないから、正確なところは判らないけれど……。
とりあえず、重たい宝石岩でも魔法の鞄に回収すれば持ち運びに不都合はない。
窓口で良い買取値が提示されるようなら、そのまま売ってしまおう。
大した値が付かなければ……その時は記念品として、自宅に飾っても良いかな。
(できれば今日は、第4階層も一度見ておきたいな)
第2階層の通路を移動しながら、スミカはそんなことを思う。
第4階層は『安全階層』。魔物が一切存在しない場所になっている筈だ。
掃討者はダンジョン内で複数日に渡って狩りを行う場合、安全階層にテントなどを張って滞在することが多いと聞いている。
なので安全階層に『エレベーター』や『トイレ』を設置しておけば、利用してくれる人もそれなりに居るだろう。
利用料の回収を期待するなら、悪くない候補になるはずだ。
もちろん他の掃討者が来ないこの錦糸公園ダンジョンだと、安全階層にも人が居ないだろうから、設置しても利用者なんて居るわけがないけれど。
そのぶん誰にも見られることなく、他のダンジョンの安全階層に手を加える前の予行練習ができる場所でもある。
(……いっそ『公衆浴場』とか『ホテル』とかも作って、掃討者にとって快適に利用できる空間にしてしまうってのも、面白いかな?)
日本銀行ダンジョンのように、魔物が迷宮貨幣をドロップするダンジョンなら、快適さのために銀貨や金貨を払ってくれる掃討者も多いだろうから。
そういうダンジョンに様々な施設を作って、掃討者から迷宮貨幣を巻き上げて、更なる投資の資金にする――というのも悪い考えではなさそうだ。