桜雪
満開に咲き誇っている桜より、地面に散り落ちてそれでもなお美しい花びらに惹かれる。
拾い上げた花びらは薄白く、しっとりと柔らかい。
風が、一度散ったそれをまた掬い上げて、誰の手も届かないところへ運んでいく。
ちょうど一年前この桜の下で別れた人は、いつも穏やかに微笑んでいた。
「もう、さよならしなくちゃ」
美しいその人はそう言った。やっぱり穏やかに微笑んで、たぶん昨日も一昨日も、明日も明後日も、ずっとその微笑を絶やすことはないのだろう。きっとその人が言うのなら、さよならは真実なのだろう。
「あなたと桜を見るのも、最後かな」
愛おしそうに桜を見上げたその人の頬に、木漏れ日がきらきらと差した。散り際の桜が一度ふわりと風に揺れて、ひらりと雪のような花弁を散らしていった。二人とも、同じ花びらを追いかけていたのだと思う。そっと隣を窺った時、いつも好きだと思っていた優しい静かな瞳に綺麗な水の膜が張るのが見えた。
あの時何を思っているのか聴いていれば変わっていたのかもしれない。ただ一言ごめんと言えばそれで良かったのかもしれない。だけど音も無く散っていく花びらを、二人とも佇んで見ていた。
「綺麗だねぇ」
別れの直前に聞いたのはそんな言葉だった。
「うん」
間の抜けた返事がその人に届いたのかは今でもわからない。その人は振り返らなかった。
ゆっくりと遠くなっていく後ろ姿を、花弁の雪がちらちらと遮った。