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父と娘

            ◆



 翌朝。ベリー公爵は第7王子殿下が屋敷に泊ったと聞いた。ミランダに会いに来たらしい。


(なんだかんだ言って上手くやっているじゃないか)


 殿下に挨拶に行くと、娘の隣には銀髪の天使がいた。2人は刺繍をしている。ミランダの笑顔を見たのは久しぶりだ。


「殿下。ベリー公爵がお越しです」


 執事が声をかけると殿下は立ち上がった。公爵の杖を見て近寄り、右手を差し出した。


「初めまして。ルカと申します」


「お初お目にかかります。殿下」


 殿下の右手を握る。本来なら跪くべきだが、足が悪いので気を使ったのだろう。細やかな方だ。ミランダが柔らかな声で言った。


「父上。殿下は中世の写本に興味があるんですって。時祷書を見せて差し上げたいの」


「構わんが…」


「「やった!」」


 公爵が許すと、2人は笑顔で手を打ち合わせた。その様子はまるで女友達のようだった。



            ◆



 およそ400年前、ベリー公爵家は王に匹敵する権勢を誇っていた。その時代に作られた豪華絢爛な時祷書を殿下にお見せする。薄暗い書庫でも金箔が輝いている。


「これが“ベリー公のいとも豪華なる時祷書”と呼ばれる写本です」


「素晴らしい…」


 これが第5代ベリー公で、こちらが公女。その隣にいるのが公子。公爵の説明を聞きながら、殿下は食い入るように見つめた。


「あ。この公子は宰相閣下にそっくりですね!」


 狩りをする男を指す。第6代ベリー公だ。


「こっちにはミランダがいるよ」


 一角獣を撫でる乙女だ。娘が写本を覗き込んだ。


「嘘。こんなに綺麗じゃないわ」


「似てるよ。雰囲気が」


「こっちの銀髪の貴公子の方がルカに似てるわ」


 額を寄せ合う殿下と娘。名で呼び合っている。公爵は嬉しくなって教えた。


「その方は王です。後にその娘と結婚しました」


「「本当に?」」


 同じ言葉に2人は笑った。



            ◆



 殿下は公爵に礼を言って帰った。


「また伺います。書庫にあった他の写本も見せてください」


「お待ちしております」


 遠ざかる馬車を見送る。公爵はいつもの頭痛が無いことに気づいた。隣の娘も微笑んでいる。こんな風に穏やかに過ごしたのは何年振りだろう。


「父上。殿下がね」


「うん?」


 ミランダが話しかけてきた。


「友達になってくださったの。今はそれで良い?」


 誘惑してこいと命じたことを思い出した。公爵の頭にかかっていた靄が晴れた。


「ああ。一番の友になれ」


「…はいっ!」


 娘が子供のように腕を組んできた。親子は庭の散歩をしてから屋敷に戻った。



            ◇



 ルカが宮に戻ったのは昼前だった。出迎えた護衛さんに怒られた。


「走って行くとか。無いです。ついていけないから止めてください」


 心配をかけてしまった。ルカは謝った。お詫びに修道院特製のお札をあげた。


「私が図柄を考えたんです。疫病除けですが、痛いところに貼っても良いですよ」


「へえ」


 午前中に公爵家でたっぷりと写本を見たので、午後は師匠の馬の様子を見に行くことにした。ルカは馬屋に行った。


「修道士ルカの馬を」


 馬屋番が馬場に引き出してくれた。よく世話をされているようだ。


「元気だった?ロシナンテ」


 栗毛の雄馬を撫でる。ロシナンテは機嫌良く顔を押し付けてきた。すると白い馬が近寄って来た。ずいと首を伸ばしてルカの匂いを嗅いだ。


「こんにちは。君は誰だい?」


 白馬の首も撫でながら訊くと、馬屋番が答えた。


「…王太子殿下の御馬、白雪です」


「そうですか。王太子宮の匂いがするんだね。賢い子だ」


 主人ではないと分かったろう。可哀想に。


「あの。白雪に乗ってもらえます?」


 急に馬屋番に頼まれた。王太子殿下の死後、白雪は人を乗せなくなったそうだ。世話はさせるが調教も拒否する。今のように自分から近寄ってくるのは珍しいとか。


「今のまんまじゃ引退させられちまう。お願いです」


「良いですよ」


 ルカは気軽に引き受けた。護衛さんは渋い顔をしていた。もし振り落とされたらと心配してくれる。大丈夫だろう。白雪の目を見れば分かる。本当は人を乗せて走りたいんだよね。主人がいた時みたいに。


 馬屋番が鞍を持って来てくれた。ルカは白雪を呼んだ。彼女は喜んで鞍を着けさせてくれた。良い子だ。



            ♡



 第7王女が馬場の前を通ったのは偶然だった。王女の親友ポニーの具合が悪く、様子を見に来ていたのだ。


 馬場を白馬が走っている。兄の愛馬だった白雪だ。誰も乗せなくて皆が困っていたのに、背に誰かいる。


(天使さま?)


 乗馬服ではない。白いシャツと白いズボンだけの若い男性だった。短めの銀の髪、青い瞳は父と同じだ。楽しそうに笑って白雪を駆けさせている。障害物も難なく飛び越え、自在に馬を操る。王女は見惚れた。素晴らしい騎手だ。


 後で侍女が正体を教えてくれた。第7王子ルーカス。王女の異母兄だった。



            ◆



 娘が興奮してルーカスの話をしていった。それは見事な乗馬の腕だそうだ。王の元には第7王子の報告が次々と上がっている。


 騎士12人に襲われ、素手で倒した。


 ヒ素を盛られたが無事だった。


 10キロ先のベリー公爵邸まで走って行き、朝帰りをした。


 王太子宮に使用人が入れられず、宰相が騒いでいたな。どう解決するのか見たくて放っておいた。ルーカスは1人で飄々としている。嫌がらせを命じている者も歯噛みしているだろう。実に面白い奴だ。


 王は久しぶりに良い気分だった。白雪はルーカスに与えることにした。


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