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宮廷へ

            ◇



 王都は8年ぶりだ。と言っても、前回は北に向かう馬車の窓から見ただけだ。


(家を探してみようかな)


 この身体に入る前は下町に住んでいた。メイドさんを疑うわけではないが、自分の目で確かめたい。


(お義母さんに会えたらどう説明しようか。夫の墓も行ってみようか)


 修道院を出たとたん、ルカの思考は昔に戻ってしまった。馬を急がせて3日目の昼すぎに王都に着いた。



            ◇



 記憶にある場所を尋ね歩いたが何一つ見つからなかった。知り合いもいない。もちろん義母も。ルカは落胆した。


 仕方なく王城に行き、裏門で召喚状を見せた。暫く詰め所で待っていると若い貴族が走ってきた。



            ◆



 宰相は第7王子を立てるつもりだった。側妃腹の赤子が男子でも成長するまで待てない。今、外に出せる王子が必要なのだ。


 王の裁可が下りたので北の修道院に迎えを遣った。…筈なのに召喚状が送られていた。何者かが邪魔をしている。


(これだから古狸は!)


 己の利ばかり。陰謀だの策略だの。若き宰相は自ら迎えに行こうかと考えた。そこに門番から召喚状を持った僧が来たと告げられた。彼は慌てて裏門に向かった。



            ◆



「殿下!申し訳…」


 ノックも無しに宰相は部屋に駆け込んだ。粗末な椅子に腰掛けた天使が振り向いた。


(!)


 輝く銀の髪。青い瞳。白い僧服が一段と天使めいている。


「修道士ルカ、御召しにより参上いたしました」


 彼は立ち上がり優雅に一礼した。声も人を惹きつける。宰相ははっと我に返った。


「手違いで迎えが行かなかったようです。申し訳ありませんでした。私は宰相を拝命しておりますミカエル・ベリーと申します」


 初対面がこんな詰め所とは…。膝を突き正式な礼をとる。すると殿下も跪いた。


「お立ちください!宰相閣下が跪くような者ではありません」


「は?」


 話が噛み合わない。ミカエルはとりあえず殿下を宰相の執務室にお連れした。すれ違う官吏たちが凝視する。誰もが目を疑う程の美貌だった。



            ◆



 殿下の話を聞いて驚いた。8年前の事件は極秘扱いで、第7王子の病状は伏せられていたからだ。


(今話しているのは別人格なのか)


 非常に理知的で何の問題も感じられない。脚に障害があると聞いたが、ここまで普通に歩いていた。


「修道院の近くに温泉があるんです。怪我に良くて。それに入っているうちに治りました」


「なるほど…?」


 王族に復帰する件は知らないようだった。宰相が話すと殿下は困惑していた。


「困ります。やっと修道士になれたのに。その、近々生まれる赤ちゃんに継いでもらう訳にはいかないんですか?」


「赤子に外交できますか?王の代理ができますか?疫病で疲弊した国を立て直すには、殿下のお力が必要なのです!」


 必死に説得すると、渋々ながら城に留まることを約束してくださった。


「王太子宮に客間を用意してます。明後日、陛下に謁見をしてください」


 殿下を侍従に預け、宰相は仕事に戻った。あの美しい王子。使えるぞ。彼は新王太子冊立計画を練り直し始めた。



            ◇



 ルカは宿泊する宮に案内された。埃っぽい部屋に一人残される。ベッドを覆う布を取り、寝転んだ。今日は色々ありすぎた。


(疲れた…。師匠、ミサじゃなかったです)


 いつの間にか彼は眠ってしまった。


 目が覚めたら夜明け前だった。朝の祈りを済ませると、ルカは空腹を感じた。宮を見て回ったが無人だ。疫病で使用人も減り、維持できないのだろう。厨房に小麦粉や乾物、調味料が残されていた。


 燃料も十分ある。ルカは朝食を作った。クレープに干し肉、チーズ。お茶も見つけた。朝日を浴びながら庭のテーブルでいただく。清々しい。


 宰相閣下は謁見は明日だと言っていた。なら今日は部屋の掃除と洗濯かな。礼拝堂にご挨拶にも行かねば。食事を終えると、ルカは働き始めた。



            ◇



 とりあえず使う部屋と玄関ホールを綺麗にした。埃を払い、窓や床を磨く。秋の庭に枯れかけたハーブや薔薇を見つけたので水やりもした。洗濯ついでにシーツやカーテンも洗って干した。その後、身なりを整えて礼拝堂に向かった。


(不思議だ。知らない場所なのに行き方が分かる…)


 第7王子の記憶が残っているのか。礼拝堂にはすぐに着いた。


 見習い僧が落ち葉を掃いている。ルカは声をかけた。


「こんにちは。兄弟」


 顔を上げた少年はルカを凝視するだけで答えない。無言の行かな。構わずルカは名と司祭に会いたい旨を伝えた。


「北の修道院、マルコ司祭の紹介だとお伝え下さい」


 兄弟は箒を持ったまま走り去った。少しして、恰幅の良い司祭が現れた。


「これはまた…。本当に人間か?」


 司祭はルカをまじまじと見つめた。ルカは深く頭を下げた。


「ルカと申します。暫く宮廷に侍りますので、ご挨拶に参りました」


「ご丁寧にどうも。茶でもどうかね?」


「喜んで」


 豪華な司祭室で茶と菓子を振る舞われた。親方と司祭は同郷の仲らしい。


「君は写本が好きなのか。良いよ。陛下に図書室の閲覧許可を申請しよう」


 噂の祈祷書を見せてくれると言う。ルカは心から感謝した。王都に来て一つは良い事があった。


 王族専用の図書室には他にも貴重な写本が多数あるらしい。


「古い物語とか歴史書だから若い人には人気無いけど」


「ぜひ拝見したいです!」


 親切な司祭と見習いに礼を言い、礼拝堂を辞した。日曜礼拝には手伝いに行こうかな。ルカは軽い足取りで宮に帰った。


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