表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/15

捨て子

            ◇



 結婚は避けては通れない。だから条件に入れた。ルカはこの国の凝り固まった因習が嫌いだ。


(血統などどうでも良い。アンが女王になったって良いじゃないか。生まれた王女だって名君になるかも)


 客間のソファでぼんやりしていると、メイドさんがお茶を淹れてくれた。赤ちゃんは叔父である護衛さんが見ているそうだ。こちらも女の子だ。


「上手くいきませんでした?」


 ルカの様子を気にしてメイドさんは訊いた。


「いいえ。言いたいことは言ったので。後は陛下がお決めになるでしょう」


 なるようになるだろう。ルカは茶を飲んだ。その時、庭の茂みが動いた。メイドさんも気づいた。


「弟を呼びます」


「待って」

 

 ひょこっとアンが出てきた。大きな包みを抱えている。ルカは庭に出た。


「アン?どうしたの?」


「兄様!助けて!」


 泣きながら駆け寄ってきた。しゃがんで受け止める。妹の腕の中には赤子がいた。


「この子が死にそうなの。でも誰も助けようとしないの!」

 

 生まれたばかりの赤子はぐったりと目を閉じていた。



            ♡



 アンの妹は皆の期待を裏切って生まれた。ただ女だと言うだけで母は赤子を殺そうとしている。生後2日も経っていないのに。


(ひどい)


 彼女は放置されている赤子を盗み出した。異母兄しか頼れる大人がいない。後宮の警備を掻い潜り王太子宮を目指した。


 母は悪魔だ。妹を殺してまた懐妊するつもりだ。王子が生まれるまで同じことを繰り返す。アンはたまたま疫病前に生まれたから殺されなかった。


 茂みを抜けると兄がいた。もう安心だ。アンは兄の腕に飛び込んだ。



            ◇



 メイドさんが赤子に乳を与えてくれた。


「たっぷりお飲みになりました。もう大丈夫ですよ」


「ありがとう。アン。ほら見てごらん」


 赤子はルカに抱かれてスヤスヤと寝はじめた。アンはようやく肩の力を抜いた。


「良かった…。母上が乳母にお世話をするなって言って…」


 側妃の宮で起こった事をとつとつと話す。王子誕生への凄まじい執念に寒気がした。やはり宮廷は悲しい場所だ。


「偉いね!よくやった!」


 ルカは妹を抱きしめた。何という勇気と行動力。アンは素晴らしい子だ。


「この子は預かるよ。お乳もあげられるし。良いですか?」


 メイドさんは笑顔で頷いてくれた。問題はアンだ。そんな母親の元に返して良いものか。しかし聡い妹は自分から帰ると言った。


「心配だよ。このことがバレたら折檻されない?」


「大丈夫。いざとなったら逃げるから」


 良い考えが思い浮かばない。結局、帰すことにする。ルカは別れる前にお札を沢山渡した。


「気休めだけど。病気も怪我も治るお札だよ」


「ありがとう!兄様!」


 アンを護衛さんに送ってもらった。宮に赤子が増えた。作り置いたおむつを使う時が来た。



            ♡



 ミランダは悪い噂を聞いた。ルカが宮に女性を置いていると言うのだ。側妃の子は女子だったから、ルカは新王太子に決定した。令嬢たちは妃の座を巡って争うだろう。いずれかの娘が目に留まったのか。


 友に一言もなく愛人を囲うなんて。ミランダは寂しかった。彼もやっぱり男だった。毎日毎日、行こうか止めようかと逡巡していると、向こうから手紙が来た。


『毛糸を持ってきてください。女の子に合う色味で』


(愛人は編み物をする人なの?)


 この目で確認しよう。ミランダは頼まれた物を持ってルカを訪ねた。



            ♡



 宮は相変わらず無人だった。護衛が数人増えている他は変わらない。メイドも1人いた。客間に通され、少ししてルカが現れた。赤ちゃんを抱いている。


「ルカ?その子は?」


「妹だよ。先週生まれたばかりの」


 彼は事情を説明してくれた。異母妹を引き取り育てているらしい。恐る恐る噂の愛人の事を訊くと、ルカとメイドが大笑いをした。


「確かにメイドさんを置いているね!あはははは!」


「もしかして私の娘のことかもしれませんよ!」


 もう1人赤子が出てきた。メイドの娘だそうだ。これはまた若い愛人だ!とルカは笑いながら2人の赤子を両手に抱いた。ミランダは呆気に取られた。そして吹き出した。



            ◇



 もうすぐ冬が来る。赤子たちに暖かいおくるみや靴下を編んでやりたい。それでルカは毛糸をミランダに頼んだのだ。


「そんな変な噂になっているなんて。知らなかった。早く教えてよ」


「だって。兄も最近帰ってこないし」


 赤子たちも寝たので、ミランダと編みながら話す。久しぶりにゆったりとした時間だ。2、3時間おきの授乳とおしめ換えは大変だった。特にメイドさんの負担が大きくて申し訳ない。今は昼寝をしてもらっている。


「側妃様は何も言ってこないの?陛下は?」


 妹を引き取って1週間経つ。どこからも抗議も調査も来ない。宰相閣下も陛下も沈黙している。『私』を見て王太子にするのを諦めたのかもしれない。追い出されるかも。その時は皆で北に逃げよう。妹とメイドさんとその娘と。アンも来るかな。ルカは逃亡計画を考えた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ