◆ 第六章 王太子はお飾り寵妃を溺愛する(1)
書類を捲る、ぱらりという音が執務室に響く。
「うん、これで終わりかな」
ベアトリスは今纏めたばかりの報告書を見つめ、大きく伸びをする。
──ドーン!
突如、建物を下から突き上げるような衝撃と共に、大きな爆発音が響くのが聞こえた。
「な、なんの音?」
ものすごい爆発音が聞こえたけれど、大丈夫だろうか。
びっくりしてベアトリスが立ち上がると、「あー、これはね」と近くにいたサミュエルが口を開いた。
「多分、カイルがなんかの実験にへました音だと思うよ」
「カイル様が?」
「うん。魔道具作る実験しているときに、こういうことが時々あるんだよね。今回は派手だね。また建物の壁が壊れていないといいけど」
サミュエルは苦笑いする。
「壁が壊れる……」
念のため言っておくが、ここは王宮の敷地内にある、王太子アルフレッドが所有する彼のための離宮である。
その離宮の壁まで破壊する?
普通の人が聞いたら卒倒してしまいそうだが、サミュエルのこの様子から判断するにさほど珍しいことではないようだ。
「前回は廊下側に人が通れるくらい大きな穴を開けちゃって、ランスがすごく怒ってさ──」
サミュエルはそこまで言うと、ハッとしたような顔をして口を噤んだ。
「……ごめん。配慮が足りなかった」
「いえ、大丈夫です」
ベアトリスは首を振る。
あの事件のあと、錦鷹団は上を下への大騒ぎになった。なにせ、王太子アルフレッドの直轄精鋭部隊の中でも側近中の側近であるランスが、実はこれまで二度も王太子の婚約者候補を殺め、さらに今回は側妃を手にかけようとしていたのだから。
しかも動機は『アルフレッドにふさわしいのは妹しかいないから』という周囲には到底理解しがたいものだった。
過去の事件も少しずつ明らかになっているが、被害に遭った令嬢達の無念を思うと身を引き裂かれる思いだ。
ランスに跡取りもいなかったことから、今回の件でブラットン侯爵家は取り潰しになると聞いている。
「ところでベアトリス。これ」
「ん? 手紙?」
ベアトリスはサミュエルが差し出してきたものを受け取る。
(誰かしら?)
ベアトリスはそれを裏返して差出人を確認する。
「これは……ブルーノ様から?」
手紙の差出人の欄には、懐かしい人の名前があった。ベアトリスの元婚約者であるブルーノ=コールマンだ。
「うん。渡すか迷ったんだけど、ベアトリス宛の手紙を勝手に捨てたらまずいかと思ってさ」
「お気遣いありがとうございます」
ベアトリスはお礼を言う。けれど、この手紙に心当たりは全くなかった。
(なんの用かしら?)
王宮舞踏会で衆人環視の中婚約破棄をされるという暴挙をされて以来、ブルーノから手紙が届いたことなど一度もなかった。ベアトリスは訝しく思いながらも手紙の封を切る。
中から取りだした便箋を開き、文面を目で追う。
そこに書かれていたのは、会って話したいことがあるので王宮の庭園に来てほしいという内容だった。指定された時間は今日の午後四時だ。
「今日の午後四時?」
ベアトリスは時計を見る。
「もう過ぎているじゃない!」
時計は、午後四時半を指していた。もしかすると、ブルーノがこの手紙を出してからここに届くまでのどこかで配達が遅れてしまったのかもしれない。
(どうしよう)
手紙が届くのが遅れたから行かなかったと言えば済む話だし、あんなことをしでかしたブルーノの願いごとをベアトリスが聞く義理もない。




