◆ 第四章 お飾り側妃は寵妃を演じる(14)
『俺の子猫は、少し黙れないのか?』
『え?』
ベアトリスは恐る恐る後ろを振り返る。
『ジャン団長!? なんで!』
『なんでも何も、ここは俺が使っている部屋のひとつだ』
不機嫌そうに言うジャンは、まっすぐにベアトリスを見下ろす。そして、ドアノブに手をかけた。
『……開かないな』
『そうなんです。閉じ込められました!』
『表にいた衛兵はどうした?』
ジャンは不機嫌そうな顔をしたまま、ベアトリスに問いかける。
『そんな人いませんでしたよ! ローラが現れて、わたくしをここに閉じ込めたんです』
『ローラ? ビショップ子爵令嬢か? なぜビショップ子爵令嬢がここにいる?』
『知りませんよ、そんなの!』
押し問答をしていると、『ここです。来てください!』と大きな声で叫ぶローラの声が扉越しに聞こえてきた。
ジャンはその声を聞くと、何を思ったのか耳に付けていた魔道具のピアスを外す。
『ベアトリス』
突如体を抱き寄せられ、そのまま壁に押しつけられる。
髪の毛をぐしゃりと撫で回され、秀麗な顔が近づき首元にチクンと痛みを感じた。
『開いたわ! ベアトリス妃殿下が』
ローラの声がして、部屋の中に複数の人がなだれ込んでくる。
『騒がしいぞ』
ベアトリスの首元に顔を寄せていたアルフレッドがドアのほうを振り返る。
『俺の許可なく部屋を開けるとはどういうつもりだ?』
『え、なんで?』
ローラの顔が、明らかに青くなる。
『さっきは違う男がいた筈なのに……』
『何の話だが知らんが、ここには俺しかいない。鍵がかかった部屋で妃とお楽しみの最中を邪魔するとは、どういう了見だ?』
アルフレッドの怒りを孕んだ声を聞き、ローラを始めとするその場にいた全員が顔面蒼白になった。
「あのあと、どうなったのですか?」
ベアトリスは恐る恐る、アルフレッドに尋ねる。
「ビショップ子爵令嬢を尋問したのだが、衛兵に『『ベアトリス妃殿下に会いたい』と伝えたら通してくれた』と供述しているらしい。衛兵は『記憶が曖昧だ』と言っている。どちらも収監した」
「不思議ですね」
ベアトリスは眉根を寄せる。
ベアトリスに会いたいと言って衛兵が通すなど、おかしな話だ。護衛が役目なのに、それでは全く役に立っていない。
「衛兵の男は普段は真面目な男らしいのだが……。どちらにせよ、王宮の警備はクビだな」
アルフレッドはため息をつく。
「ですよね」
ベアトリスは頷く。
「ビショップ子爵令嬢については、これから処分を決める」
「そうですか」
ベアトリスは神妙な表情で頷く。
かつては友人だと思っていた人の暴挙に、心中は複雑だった。
「ところで、今日は随分と首元の詰まった服を着ているのだな」
アルフレッドに意味ありげに聞かれ、ベアトリスは自分の首元を両手で押さえる。
「これは……アルフレッド殿下のせいです!」
「俺のせい?」
「咄嗟のこととはいえ、こんなにはっきりと──」
ベアトリスは顔を赤らめる。
先ほど風呂に入るときにソフィアに「あらあら、まあまあ」と意味ありげに微笑まれて気付いたのだが、ベアトリスの首元にはしっかりとキスマークが付いていた。
身に覚えがないので、今日のあのときに付けられたとしか考えられない。
「なんてことをしてくれるのですか! もう、恥ずかしくって……」
「助けてやったのに、よく言う。俺がジャンの姿のときに踏み込まれたら、困ったことになるのはお前だ」
「でも、これは付ける必要がなかったと思います」
ベアトリスはちょうどキスマークを付けられた辺りを右手の人差し指で指す。
「これとは?」
意地悪い顔で聞き返され、ベアトリスは言葉に詰まる。
「この意地悪王子!」
顔を真っ赤にするベアトリスを見て、アルフレッドはははっと楽しげに笑った。




