◆ 第一章 この度、お飾りの妃に任命されました(5)
そう訴えるローラは、大きな青色の目から大粒の涙をぽろぽろとこぼす。
「奪い取った? 形見? 何を言っているの?」
ベアトリスは唖然として聞き返す。
全てが初耳だ。
この髪飾りは、ローラがベアトリスに『結婚のお祝いよ。ベアティに似合うと思って、選んだの』と言ってプレゼントしてくれたものだ。ローラの母の形見は翡翠のネックレスだと聞いたのを記憶している。
「わたくし、ベアティのことをずっと大切な友達だと思っていたのに……」
涙流しながら胸に手を当てて訴える姿は周囲の同情心を煽るには十分だ。その場の雰囲気が、一気にベアトリスが悪者であるかのような流れになった。
(ずっと大切な友人だと思っていた? その言葉、そのまま返したいわ)
ベアトリスはローラを一瞥する。
きっと、プレゼントしてくれたときからそのつもりだったのだろう。
少なくとも、ベアトリスはローラを大切な友人だと思っていた。でも、ローラにとっては違ったのだと知り、少なからずショックを受けた。
ベアトリスはぎゅっと手を握る。この悔しさをなんとか身の内に留めると、ブルーノをまっすぐに見つめる。
「ブルーノ様、まずは外に行きましょう。話はそこで聞きます」
ベアトリスは先ほどと同じ言葉を繰り返す。
先ほどまではこの一画にいたごく限られた招待客しかこちらを注目していなかったが、既に会場の多くの人々がこの騒ぎに気付き始めていた。
一刻も早く、この場を去るべきだ。
それはブルーノもわかっていると思ったのに、返ってきたのは真逆の言葉だった。
「この期に及んでまだ俺に縋るのか。見苦しいぞ」
ブルーノは心底がっかりしたと言いたげに、ベアトリスを見下ろす。
(そうじゃなくって! 目立ちすぎているのよっ!)
ベアトリスは怒鳴りたい気持ちをぐっと抑える。これだけ『外に行こう』と提案しているのにその意図に気が付かないなんて。
(これはもう、わたくしが去るのが一番早くて確実な場の収め方ね)
ベアトリスはそう悟ると、内心でため息をつく。
「分かりました。婚約破棄しましょう。では、この話はお終いで」
このあとへの影響を最小限に抑えるために、とにかくこの場の騒ぎを早く収めるべきだ。ベアトリスはその一心で、そう告げる。
「ようやく分かったか。二度とローラに近づくなよ」
「近づくわけがないでしょ」
近づくどころか、二度と関わりたくない。友人の仮面を被って近づいてきて、婚約者を横取りした挙げ句に人を悪人に仕立て上げたのだから。
今この瞬間、ローラは『ベアトリスが人生で接点を持った中で最もびっくりな人ランキング』堂々第一位だ。
「きみがこんな人間だったなんて、本当に残念だ」
ブルーノが心底がっかりしたように呟く。
「わたくしも、ブルーノ様がこんな浅慮な方だったなんて本当に残念です。一方からの意見しか聞かないのですね」
ブルーノの顔が僅かに歪む。
ベアトリスはもう話すことはないと、踵を返して会場をあとにする。
「何の騒ぎなの?」
「コーベット伯爵令嬢がビショップ子爵令嬢に意地悪をしていたことを咎められて、婚約破棄されたそうよ」
「まあっ!」
わざと聞こえるようにいっているのか、それとも悪気なしなのか、ひそひそと話す来賓達の会話はベアトリスまで筒抜けだ。




