◆ 第一章 この度、お飾りの妃に任命されました(4)
まるで虫を払うが如く、バシンと勢いよく手を弾かれてベアトリスは驚いた。
「ベアトリス=コーベット。きみとの婚約は、破棄する!」
華やかな王宮舞踏会の会場の一画に、はっきりとした声が響く。
その声に、周りにいた人々は何事かと皆動きを止めた。ざわざわとざわめいていた会場が、ここだけ一瞬で水を打ったようにシーンと静まりかえる。オーケストラの調べだけが唯一鳴り響き、さながら歌劇のワンシーンのようだ。
そして、ベアトリスも動きを止めた人のひとりだった。ショックで動きを止めたのではなく、寝耳に水すぎて思わず動きを止めてしまったと言ったほうが正しい。
──なぜなら、王宮舞踏会の会場で公衆面前の下婚約破棄を宣言するという前代未聞のことをしでかしたのはベアトリスの婚約者であるコールマン侯爵家の次期当主──ブルーノ=コールマンであり、婚約破棄を突き付けられたのはベアトリス本人だったのだから!
(え? 何これ。どういうこと?)
ベアトリスは必死に頭を回転させる。
ちょっとこの状況に理解が追いつかない。
婚約破棄される理由はもちろんのこと、どうして今こんな場所で宣言されたのかもわからない。
(もしかして、前から婚約破棄したかったのかしら?)
今まで全く気付かなかったけれど、そういうこと? それは気付かずに、申し訳なかったと思う。
しかし、なぜ目の前のこの男は、わざわざ王宮舞踏会の会場でこんなことを宣言しているのだろうか。王室主催の舞踏会でこんな騒ぎを起こしたら、不敬と捉えられてもおかしくない。
(まずはこの場を離れるべきね)
ベアトリスは瞬時にそう判断すると、努めて冷静にブルーノに話しかける。
「ブルーノ様。少し外に行かれませんか?」
「行かない。そんな風に媚びても無駄だ!」
(せっかく誘ってあげたのに!)
媚びているのではなくて、穏便にことを済ませようとしているのだ。
「きみはずっと、ローラに散々意地悪をしてきたそうだな。そんな性悪な女とはふたりきりになれない。僕は真実の愛に目覚めたんだ」
ブルーノはベアトリスに向かってビシャリとそう言い切ると、脇にいた女性──ローラの腰を抱き寄せた。ベアトリスはローラに目を向ける。
(そういうこと!?)
ぴったりとブルーノに体を寄せて怯えたようにこちらを見つめるのは、ベアトリスのよき友人であるはずのローラだった。
(真実の愛って、相手はローラなの!?)
一体いつの間に! これまた全く気が付かなかった。
「きみは常日頃から、身分を笠に着てローラを小間使いのように使っていたらしいな。さらに、俺とローラが親しくしているのに嫉妬して、仲間はずれにしたり、気に入ったアクセサリーを横取りしたり、散々悪事を働いていたそうではないか」
ブルーノがベアトリスを睨み付ける。
「悪事……? 全く記憶にございません」
ベアトリスはきっばりと否定し、首を横にかしげる。
いったい何の話をしているのか、本当にさっぱりわからない。そもそも、ブルーノとローラが親しくしていること自体、今日初めて知った。
これまで、婚約者である自分を差し置いてふたりで親しくしていたのだろうか? それこそ、ひどい裏切り行為だ。
「嘘っ!」
そのとき、ブルーノの腕にしっかりとしがみついていたローラが声を上げた。
「あんな酷いことをした上に記憶にないだなんて──。その髪飾りだって、わたくしから奪い取ったものではありませんかっ! 母の形見だったのに……」




