◆ 第三章 お飾りの妃は手柄をたてる(13)
(確か、運輸局の局長室はあっち──)
ベアトリスは記憶を頼りに、バロー伯爵の執務室へと向かった。廊下を歩き、いくつか並んだドアのひとつの前で立ち止まる。
「ごきげんよう」
トントントンと勢いよくドアをノックする。「誰だ?」と部屋の中から声がした。在室のようだ。
「ベアトリス=コーベットでございます。少しよろしいでしょうか?」
「ベ、ベアトリス妃!?」
慌てて立ち上がったのか、部屋の中でガタンと音がした。ドタドタという足音がして、ドアが勢いよく開く。
「これはいかがなされました、ベアトリス妃?」
目の前の男──バロー伯爵は驚いたような顔をしており、以前舞踏会の際に垣間見られた傲慢さは、今はない。ベアトリスの〝アルフレッドの寵妃〟という肩書きが効いているようだ。
ベアトリスはバロー伯爵の肩越しに、部屋の中をざっと見回す。他に人はいなそうだ。
「ちょっと気になることがあって、バロー伯爵に聞きたいことがあったの」
「私にですか?」
バロー伯爵は明らかに困惑した表情を浮かべた。突然王太子の寵妃が訪れて聞かれることなど、心当たりがなかったのだろう。
「ええ、あなたに」
ベアトリスは、わざと鷹揚な態度で頷く。
「最近、不法な人身売買が問題になっているのをご存じ?」
「人身売買……でございますか」
バロー伯爵は目に見えて困惑の表情を浮かべた。
「ええ、そう。その人身売買について、マルカン地方の有力者が関与しているという情報があるのだけれど、何かご存じないかしら?」
ベアトリスは単刀直入にバロー伯爵に尋ねると、彼をじっと見つめたままこてんと首を横に傾げる。
「マルカン地方の有力者が? それは何かの間違いかと思います。私の領地でそのような不届き者がいるわけが──」
「では、わたくしの持っている情報が間違っていると?」
ベアトリスはバロー伯爵を見つめ、目を眇める。
「いえ、そういうわけでは──」
バロー伯爵は視線を泳がせる。その眼球は忙しなく動いており、ベアトリスの高圧的な態度にどう反応すればいいのか思案しているようだった。
「では、この件について早急に調査してほしいの。このような噂が出回ったからには、何かしらの原因があるはずよ。火のない所に煙は立たないの」
「かしこまりました」
バロー伯爵はポケットから白いハンカチを取り出すと、額に浮かんだ汗を拭う。その態度に、ピンときた。
(彼、多分何か知っているわね)
もしバロー伯爵家が無関係だったとしても、領主であるバロー伯爵がこの件について調べ始めれば犯人は王都騎士団が何かしらの情報を持っているのかと焦り、きっと動きを見せるはず。
そう思ってここに突撃したのだけれど、バロー伯爵のこの態度は思わぬ収穫だ。
(人身売買の首謀者に心当たりがある?)
あるいは彼自身に後ろめたいことがあるのだろうか。
いずれにせよ、バロー伯爵はすぐに何かしらの動きを見せるだろう。
「わたくしがバロー卿とお話ししたかったのは、その件についてよ。では、ごきげんよう」
「はい。お気を付けて」
ベアトリスはひらひらと手を振ると、くるりと体の向きを変えて歩き出す。背中に、バロー伯爵からの視線を痛いほどに感じた。




