◆ 第二章 お飾りの妃は補佐官として奮闘する(2)
「アルフレッド殿下がこれの内容を端的に纏めておくようにって」
ドサドサッと書類の束が机の上に置かれる。ざっと見ると、厚さ一センチほどの調書が十冊ほどある。恐らく、ひとつの事件を追っていて結果的にこれだけの量になったのだろう。
「わかりました。いつまででしょう?」
「明後日の夜まで」
「は?」
「明後日の夜まで……」
ベアトリスの訝しげな声に、サミュエルは申し訳なさげに肩を竦める。
ベアトリスはサミュエルの背後にある時計をチラリと見る。今、午後二時だ。明後日の夜というのが具体的に何時を指すのかは知らないが、普通に考えて納期が短すぎる。
と言うのも、ベアトリスは表向きにはアルフレッドの寵妃ということになっているので、将来的に側妃から正妃になることも見越した妃教育も受けているのだ。
その妃教育に思った以上の時間が取られてしまい、絶対的に時間がたりない。
「せめて、五日はほしいところです」
ベアトリスは真顔で抗議する。
「俺もそう言ったんだけど、殿下が『あいつなら大丈夫だ』って」
「ほほう?」
一体何を以て、『あいつなら大丈夫』などと言ったのかと問いただしてやりたい。
実を言うと、ベアトリスは契約妃になれと言われたあの舞踏会の日とこの離宮にやってきた日以外、アルフレッドと全く会っていない。大丈夫も何も、彼はベアトリスについてほとんど何も知らないはずだ。
「言付けは、ジャン団長から?」
「まあ、そうだね」
「わかりました。ちょうど団長のところに伺おうと思っていたところなので、そのついでにわたくしから直接話します」
「うん、そうしてくれると助かるね」
サミュエルはホッとしたような表情を見せる。
「そうそう、マーガレットがきみに会いたがっているんだ。今度、お茶に誘ってやってくれ」
「それは是非!」
マーガレットとは一カ月以上会っていない。会いたいのはベアトリスも一緒なので、是非ともお茶会を開きたい。
少しだけ気持ちが上向いたベアトリスはぐっと拳を握って気合いを入れる。読み返していた奴隷商人に関する事件の書類と、今さっきの一冊を手に持って立ち上がると、そのまま、二階にある錦鷹団の団長室へと向かった。
階段からは左右に廊下が延びているが、ベアトリスは右に向かうと一番奥の扉の前に立った。木製の重厚感あるドアをトン、トン。トンとノックする。
「ベアトリス=コーベットです」
「入れ」
中から声がしたので、ベアトリスは扉を開けた。
部屋の中に目を向けると、まずこちらを見つめるジャンの黒い瞳と視線が絡んだ。落ち着いた、けれど何事も見逃さないような鋭さのある視線だ。
「殿下よりご依頼されておりました、こちらの書類が完成しました」
「見せてみろ」
ジャンに片手を差し出され、ベアトリスは今さっき完成したばかりの書類を渡す。ジャンはそれを捲りざっと目を通すと、再び顔を上げた。
「子細についてはこのあと確認するが、なかなかよくできているように見える」
「それはどうも。お褒めにあずかり光栄です。殿下から『四日以内に』というあり得ない要求でしたので、とても頑張りました」
「そうか、それはご苦労だった」
ベアトリスの皮肉を込めた言い方に動じることもなく、ジャンは頬杖をついたまま口角を上げる。




