◆ 第一章 この度、お飾りの妃に任命されました(13)
「なんだ、お前──」
突然の乱入者にブルーノが剣呑な眼差しを向ける。しかし、その男を見た瞬間に表情を強ばらせた。どうやら、知っている顔のようだ。
(だから、誰?)
ベアトリスは身を捩って、自分を抱き寄せている男を見上げる。
そこにいたのは、一目で高位貴族とわかるような凜としたオーラを放った美しい青年だった。
(……本当に誰なの⁉)
はっきり言おう。ベアトリスは知らない人だった。
金糸のような艶やかな金髪を靡かせたその姿は、王宮内に飾られた神々の肖像を思わせるほどに整っている。猛禽類を思わせるような鋭い目元と高い鼻梁、顎のラインは男性的な凜々しさを感じさせた。袖や襟に金糸で刺繍が施された上質なフロックコートを着ていて、まっすぐブルーノ達を見据える瞳は紫色だ。
「あなた、誰!?」
ベアトリスは思わず声を上げる。すると、男は視線をこちらに向け、一転して蕩けるような甘い笑みを浮かべる。
「酷いな。俺はお前に会いたくて、ここまで来たのに」
「わたくしに会いたくて?」
ベアトリスはこれまで会った貴族の顔を高速で思い浮かべる。
こんなに奇麗な人、一度会ったら絶対に忘れないはずだ。けれど、全く思い出せない。
だが、ここにいるベアトリス以外の人はこの人が誰なのか知っているようだった。
「どうしてあなた様が……」
ブルーノが震える声でつぶやくのが聞こえた。
「俺がいては何か問題が?」
「いえ、そんなことは」
ブルーノは真っ青な顔で首を左右に振る。
「先日の王宮舞踏会で可愛い子ネコを見つけたのだが、その子ネコはどうやら捨てられたらしいと噂に聞いてな。だから今日は、その子ネコを拾いに来た」
「子ネコ!?」
この話の流れでは、子ネコとはベアトリスのことだろうか? なんて失礼な人なのだろうとベアトリスは呆気にとられた。
「しかし、ベアティはこれまでローラに数々の悪事を──」
「お前はコールマン侯爵家の嫡男だったな?」
「はい」
「ベアトリスは俺が拾った。つまり、俺のものだ。以後、俺のものに対して馴れ馴れしく愛称を呼ぶな」
落ち着いた、けれど威厳のある話し方は歯向かうことを許さない迫力があった。
「……っ!」
ブルーノはさっと顔を青くする。
「さあ。目的は達したし、我々は行こうか」
男はベアトリスを見つめ、微笑む。そして、腰を抱いたまま会場の外に出ようと促した。
ベアトリスは混乱した。
「え、え? 行こうってどこに?」
そもそも、この男が誰なのかがわからないので状況がさっぱり理解できない。なんのドッキリだろうか。シナリオを一度も見せられたことがないのに舞台の本番に突然押し出された気分だ。
「無理です。わたくし、ここに婚活しに来たので」
「婚活? それならもう、必要ない」
男はきっぱりと言い切る。




