◆ 第一章 この度、お飾りの妃に任命されました(1)
頭に載せられたのはダイヤのちりばめられた白金のティアラ、首元にはドロップ型にカットされた大粒のダイヤが飾られ、耳にも同じくドロップ型にカットされたダイヤが輝いている。
最上級のシルクを使った薄紫色のドレスは幾重にもドレープが重なる豪奢なもので、裾や袖には美しいレースがふんだんに使われていた。
「あの、殿下……。これはいくらなんでもやり過ぎでは?」
(今この瞬間、世界で一番豪華な衣裳を纏っているのはわたくしなのでは!?)
自意識過剰でもなんでもなく、ベアトリスはそう思った。
「何を言う。愛する妃をお披露目だ。ベアティは愛らしいから、いくらでも着飾らせていたいんだ」
隣に立つセルベス国の王太子──アルフレッドはベアトリスの着ているドレスと同じ薄紫色の瞳でこちらを見つめ、甘く蕩けるような笑みを浮かべる。そして、周囲の目も憚らずにベアトリスに顔を寄せた。
「とても綺麗だ」
耳元に吹き込むように囁かれ、ベアトリスの顔は耳まで紅潮する。
「……っ、ありがとうございます」
そんな風に甘い態度を取られると、どぎまぎしてしまう。ベアトリスは言葉に詰まりながらも、お礼を言う。
「照れているのか? 俺のベアティは本当に可愛いな」
アルフレッドは赤く色づくベアトリスの頬に手を添えると、その肌を愛しげに親指でなぞる。唇のすぐ横
の辺り、ぎりぎり頬といえる部分に柔らかいものが触れた。アルフレッドがキスをしたのだ。
周囲に立つ侍女達が「まぁ」と色めき立つ。皆一様に頬を赤らめていた。
「さあ、行こうか。ベアティ」
「はい、殿下」
優しく手を取られ、ベアトリスは立ち上がる。
「行ってらっしゃいませ」
満面の笑みを浮かべた侍女達が一斉に頭を下げ、ふたりを見送った。
背後の扉が静かに閉められると、ベアトリスは横をキッと睨んだ。
「殿下! やり過ぎです!」
「何が?」
ベアトリスの抗議に、アルフレッドは小首を傾げる。
「周囲に人がたくさんいる中、あんな……」
侍女達の衆人環視の中で唇ぎりぎりの場所にキスをされたことを思い出し、ベアトリスの頬がまた紅潮する。
「周囲には、〝仲睦まじい新婚夫婦〟と思わせておいたほうが何かと都合がいい。なにせ、夜だけでなく昼もずっと横に侍らせているのだからな」
「確かにそうですが──」
ベアトリスは口ごもる。
(わたくしはこの役目が終わったあと、本当に誰かと結婚できるのかしら……?)
このままでは、『一時期王太子の寵愛を一身に受けたもののすぐに飽きられてあっさり捨てられた挙げ句、誰にも見初められずに寂しい人生を送る哀れな令嬢』という不名誉な肩書きが増えてしまう。
(わたくしの幸せな結婚が──)
遠ざかってゆく。どんどん遠ざかってゆく。
一方のアルフレッドは表情を曇らせるベアトリスを見て全く違うことを思ったのか、器用に片眉を上げた。
「安心しろ。お前が綺麗だというのは、本当だ」
「はあ、そうでございますか」
死んだような目をするベアトリスを見て、アルフレッドはくくっと肩を揺らした。
(うう、なんでこんなことに……)
物事を引き受けるときはもっと慎重になるべきだ。
もしも当時の自分に会えるならば、そう忠告してやりたい。
ベアトリスは虚無な気持ちで遥か遠くを見つめる。
そう、セルベス国の王太子夫妻には秘密がある。
彼らは皆、知らないのだ。
──誰もが見惚れる理想の王太子であるアルフレッドの寵愛を一身に受ける妃──ベアトリスは、実は契約で雇われたお飾りの王太子妃であるということ──。
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