表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/32

19話 問題発生!

 俺は今、大きな問題に直面していた。


 それは全国大会で演奏する曲決めだ。

 

 いや、正確には弾きたい曲は決まっているのだが、その曲を弾くにあたって問題があった。


 全国大会では今までの予選や本選とは違い課題曲が指定されていない。

 

 つまり、自由曲である。


 俺はそこで、ドビュッシーの『月の光』を弾こうと考えていた。

 何故なら、これは佐々木さんが大好きな曲だからだ。

 そして、俺も佐々木さんに弾いてからこの曲が大好きになっていた。

 だから、全国大会の舞台で演奏するのはこの曲だと前々から思っていた。

  

 しかし、これを演奏するにあたり、俺にはどうしても無視しては通れない問題があった。

 

 それはペダルを使うという事だ。

 

 なぜこれが問題になるのかと言うと、俺の身長ではペダルに足が届かないのだ。

 

 今までの課題曲はペダルをあまり使わない曲がほとんどだった。

 使うとしても場面が少なく、俺は表現力でカバーしてきた。

 

 しかし、『月の光』はそういう訳にはいかない。

 

 佐々木さんに演奏した時は使わずに何とかやり切ったが、全国大会でそんな事をする訳にはいかない。


 どうしても、この曲でペダルを使わないと、曲の美しさを最大限に引き出すことができないのだ。

 

 この問題に先生と俺は二人して、考え込んでしまった。

 流石の俺でも身長を急激に伸ばすことは出来なかった。

 

「何で、俺は女神様の高身長にしてもらう提案を断ってしまったのだろう......」

 

 俺はその時の自分の判断を恨んだ。


 しかし、そんな過ぎてしまった事を悔やんでも仕方ない。

 俺は泣く泣く、他の曲を弾くことにした。


 しかし、それはあまり上手くいかなかった。

 先生におすすめされた曲を弾いても、どうしてもしっくり来なかった。

 どうしても、頭の中で『月の光』の事を考えてしまって、演奏に身が入らなくなっていたのだ。

 

 そうして、満足がいく演奏ができない日々が続き、気分も自然と下がって来てしまっていた。

 

 そんな俺を母さんや先生は心配してくれたが、二人ともどうする事も出来なかった。

 

 そんなある日のことだった。


 俺はいつもの様に学校の音楽室で練習をしていた。

 そこにはもうお馴染みとなっている佐々木さんが椅子に座って聴いていた。

 

 しかし、そんな状況でも俺の気分はあまり上がらなかった。

 それを感じたのか、佐々木さんは俺に聞いてきた。

 

「蒼くん、どうしたの?今日は楽しそうじゃないけど......」

 

 佐々木さんは心底心配そうな顔をしていた。


 そんな佐々木さんを見て、俺はつい今悩んでいることを打ち明けてしまった。

 今考えれば、男としてカッコ悪い姿だっただろう。

 

 しかし、佐々木さんは真剣に俺の問題について考えくれた。

 そして、何かを思い付いたようで、俺に遠慮がちに提案してくれた。

 

 「あの、私はピアノについて詳しく知らないけど、立って弾いちゃダメなの?」

 

 それは盲点だった。


 俺はいつの間にかピアノは座って弾くという固定概念にとらわれていたようだ。

 

 そう思った途端、暗闇に一筋の光が差し込んできた気がした。


 今も昔も、佐々木さんは俺にとっての光源だった。

 そんな彼女がまた俺の道を導いてくれたことに自然と胸が温かい思いで一杯になった。

 

 「ありがとう!佐々木さん!」

  

 おれがそう言うと佐々木さんは満面の笑みで返してくれた。


 その笑顔は冬が近づき寒くなり始めた、音楽室の空気を一瞬で暖かくし、俺の沈んだ気分にそっと手を差し出して、暗闇から引き上げてくれた。

 

 俺がどんな演奏をしても、あの笑顔の破壊力を超えることは出来ないと思った。

 

 それからの俺は完全に息を吹き返した。


 俺は佐々木さんに言われた通り、立って弾くことにした。


 この俺の決断に先生は驚くのと同時に心配していた。

 先生は座って弾くのと立って弾くのは全然感覚が違うから、大変だと教えてくれた。

 

 確かに、立って弾くと全く感覚が違った。


 ピアノは座って弾くのが基本だし、座って弾くときだって、椅子の高さでだいぶ弾いた時の感覚が違ってくる。

 

 だから、立って弾くのはそれ以上の感覚の変化だった。

 それでも、練習を始めて数日で、慣れ始めた。


 しかし、スキルは手に入らなかった。

 

 俺は立ってある程度弾ける様になったので、次の段階に進むことにした。

 

 それはペダルを使って弾くことだ。

 

 これが、想像していた以上に難しく、俺は苦戦した。

 

 ペダルを踏もうと右足を前へ伸ばすと、体勢が崩れて、不安定な状態でピアノを弾かなくてはならなかった。

 

 体勢を安定させるために、ペダルを踏んでいる足に体重をかけると、今度はペダルの踏み替えが上手くいかない。

 

 俺はなんとか体重を左足で支え、腹筋に力を入れ不安定な上半身を支えた。

 

 そうやって意識して、練習を行った。

 

 しかも、この立ち弾きの難しいところは、ペダルを踏むために体とピアノの距離が近くなることだ。

 そうすると、腕は縮こまり、ピアノの上での左右の移動がし難くなることだ。

 

 『月の光』は左右の移動が頻繁にあり、相性は最悪だと言っていい。

 

 更に立って弾くと強弱をつけ難いという特典まで付いてくる。

 

 俺は本当に出来るようになるのだろうかと、何度も不安になり、投げ出したくなった。

 

 しかし、その度にあの佐々木さんの笑顔が頭をよぎって、思い止まることができた。

 

 そして、全国大会が行われる11月に入った日、俺はスキル<立ち弾き>を取得することができた。

 

 これであとは全国大会を待つのみとなった。



 

  

 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] あの…ピアノには補助ペダルと言うものがありまして… 小学生低学年でも普通にそれ使えば踏めます 流石にコンクールレベルの話なら知ってて当然の話なので かなり違和感が
[良い点] 最高に面白くて引き込まれる、これからも頑張ってください。 [気になる点] 次が楽しみ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ