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短編集

バレンタインデーのそんな一幕

作者: 遠出八千代




「これ、義理チョコだから」

 月山は周りに聞こえるぐらいはっきりした声量で、彼に話しかけた。

 声をかけられた彼――築館は紫のブックカバーをつけた本から目線を離した。

「けっこう、バッサリ言うんだね月山さん」

 無口で無表情の築館は、感情をオモテに表すことなく淡々と感想を述べた。

「うん」

 彼と同じく無表情な月山は鞄からチョコレートを取り出した。だが、月山の手に持っているチョコレートは先ほどの言葉とは裏腹に、あからさまなほど本命バレンタインチョコレートだった。

 10人いれば10人が、「絶対にこのチョコは義理ではないですね」と答えるくらいには丁寧に包装されていた。

 長方形の赤い小箱を水玉の模様の透明ビニールで包み、先端の部分はピンクのリボンで可愛くラッピングされていた 

「ありがとう、家に帰ったら美味しく頂くよ」

 吊谷はパタンと本を閉じて、瞬きをしてから本を机の中に入れた。

 それからチョコレートが入った袋を受け取ろうと、月山の手にもったチョコレートの包みをつかんだ。

 だが月山はチョコレートを離そうとせず、引っ張り合う形で二人はまじまじと見詰め合っていた。

「なに?」

「だめ。ここで食べて」

「でも、これから授業だよ?国語の小林先生来ちゃうよ?」

「それでも、だめ」

 彼のもっともな疑問に、月山の方も口数が少なく最低限の意図が伝わる程度の言葉で反対した。

「わかった。じゃあ、言う通りにします」

 そういって、築館が月山からチョコレートを受け取ると、丁寧に包みを開いた。

 それから箱の中からティッシュに包まれたガトーショコラを取り出し、周りの目など気にせず頬張った。

「どう?」

「うん、美味しい。多分僕が食べたものの中で一番美味しいだろうね」

「また食べたい?」

 月山は築館の言葉に嬉しそうにもせず、聞き返した。

「そうだね、なんどでも食べたいかな」

「じゃあ、今度また作ってきてあげよっか」

「楽しみにしてる」

 そんな会話を繰り広げたと思ったら、まるで何事も無かったみたいに二人は淡々とお互いの席に戻っていった。

 今の出来事は、一時限目が休憩時間に入った直後の出来事だった。

 築館の席に月山が向かったと思ったら、二人はこんな会話をすぐに繰り広げた。

 一部始終を目撃していたクラスメートたちも、あまりの衝撃的な出来事に言葉を失っていた。

 特有の気まずさが教室に漂い、茶化そうにもとてもじゃないがそんな雰囲気ではないと皆が感じていた。 

 冬休みを境に月山と築館は会話することが増え、何かと一緒に行動していたところをクラスメート達は何度か目撃していた。

 だから、一部の人間は冬休みにあの二人が何があったのかぐらいは気付いていた。

 だが、普段無口で何を考えているかわからず、近寄りがたい両人があそこまで大胆に好意を伝え合うとは思ってもみなかったのだ。

 人を好きになる気持ちって凄いんだなと、この場にいる誰もが思った。

 好きな人がいる男子の中には、チョコレートを今から買いにいって逆チョコもありかもしれないと思う者もいたし、チョコレートを渡すかどうか悩んでいた女子生徒にも勇気を与えた。

 また教室の目の前でドア越しに今の様子をまじまじ見ていた女教師の小林先生(彼氏いない歴=年齢、国語教師)は今の一部始終を眺め、ただただ、この世界の不条理さを呪いながら、血涙を流していた。





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[良い点] 小林先生にハンカチを渡したくなりました。
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