アルバイト。
「チャーリー、その子にしつこくしては駄目よ。まだネンネだから。」
「ネンネ、ネンネ。」
「そうネンネ。でも、とても素直ないい気を持ってるわ。」
「ネンネ、イイ奴!!アァァッ。」
どうにか鳥の嫌がらせを阻止してジュエリーを見ていたら背後から猫のお手入れをしていた女性が鳥に話し掛けながら現れた。ネンネだとか、いい気を持ってるだとか意味の分からない話をしているうえに鳥が叫びだしてゆっくり見ていたかったのに正直ちょっとうるさいなと思っていたら話し掛けられた。
「あなた、学生?」
「はい。高校生です。」
さっきまで少しも興味を示さなかったのに、ペットでの押し売り販売に失敗したと悟って店員自ら出て来たんだろうか。
「じゃぁ、今夏休みよね?ここでアルバイトしない?」
「いや、でも。」
「いいじゃない。ねぇ、お母さん、この子夏休みの間だけアルバイトに雇ったら駄目かしら?」
「えっ、別にいいですけど。」
「駄目だよ。私、レジとか苦手だし。」
「レジじゃないわ。ジュエリー磨きよ。」
「ジュエリー磨き?」
「そう。ジュエリーコーナーのジュエリーを磨いて貰うの。結構時間が掛かるのよね。1日3時間くらい。時給1,000円で。いいお小遣い稼ぎになると思うけどいかがかしら?ウチの店は10時から7時までの営業だから10時から4時までの間に来て磨いて貰えると助かるわ。その代わりウチはお休みがないから毎日来てもらうことになるけど。」
「あらっ。いいお話じゃない。ウチからも近いし3時間なら空いた時間を有効的に使えるし、結衣がやらないのならママがやろうかしら?」
「いいえ。お母さんは結構よ。娘さんにお願いしたいの。」
「・・・・・・ですって。結衣どうするの?」
ママはあからさまに不機嫌な顔をして拗ね気味に訊ねてくる。本当にやるつもりだったのかな。時給1,000円で3時間。悪い話じゃない。それに10時から4時までの好きな時間から3時間。1日3,000円。毎日出勤はちょっとと思ったけど、夏休み毎日を充てたら結構な稼ぎになる。欲しかった洋服とか行きたかった食べ放題とか行けちゃうし、買えちゃう。
バイト経験は無いし、暑い中歩くのは苦手。でもこの距離ではさすがにパパもママも送迎はしてくれないだろう。でも、お店に入ってしまえば涼しく快適だし、空調のよく効いたこの部屋でジュエリーを磨く位の単調な仕事なら私でも簡単にこなせそうだ。
「単調で簡単な仕事だけれど意外に奥深いわよ。ただ磨けばいいわけじゃない。どう、お願いできるかしら?」
考えを見透かしたかのように思っていたことを口に出されてびっくりしてしまう。おっとり優雅な物腰だけれど少し厳しそうなこの女性、一体どんな人なのだろう。返事を待つように無言で見つめる強い眼差しとは逆に口元は優しい笑みを浮かべている。
「やらせて下さい。」
簡単な仕事でまとまった金額が入ってくる事と、この女性に対する単純な興味から私はアルバイトを引き受ける事を決めた。
「ありがとう。じゃぁ、早速明日からいらして。それから私の事はマダムと呼んで。貴女の事は何と呼べばいいかしら?」
「橘結衣です。」
「結衣ね。素敵な名前。明日から宜しく。」
「はい。」
「何だかすみません。お店を見に来ただけなのにアルバイトに雇って貰ってしまうなんて。こんな高価なジュエリーをこの子に磨かせるなんて心配で私が代わりにやりたいくらい。」
さっきまで黙って聞いていたママが心配そうに話し出した。
「大丈夫よ。私はこの子にお願いしたいの。こちらこそ突然お願いしてごめんなさいね。」
「いいえ。娘を明日から宜しくお願いします。」
「ええっ。じゃぁまた明日。」
「また明日。」
さようならと手を振り合い、緑のトンネルを抜け路地に出る。途中にあるコロッケ屋満腹やで特製メンチコロッケを買って貰い2人で出来たてを齧りながら帰った。特製メンチと言っても特別美味しいわけじゃない。スーパーでも買える味。でも大きさは特別で普通のメンチコロッケの2倍はある。私には味よりもボリュームが1番重要。ママが途中で脂っぽくて駄目というのでその残りも平らげた。ママは食べきれないと分かっていて自分も特製メンチコロッケを注文する。私が1つじゃ足りないと分かっているからだ。とっても優しい。私が特製メンチに齧り付く姿を見ながら明日から頑張りなさいねと髪を優しく撫でてくれる。
頑張れそう。毎日アルバイトが終わったらご褒美に満腹やの特製メンチコロッケを買って食べながら帰ろう。ささやかな楽しみも出来た。




