雑貨屋メルシー 。
ママが見付けた雑貨屋は意外に近所にあって歩いて行けるらしい。この暑い最中、車移動が好きな私には少し不満だったけど、帰りにママが満腹やの特製メンチコロッケを買ってくれると言うので付いてきた。
通りを抜け、狭い狭い路地を行く。木々の木立が現れ、新緑のトンネルを抜けた先にその雑貨屋はあった。
雑貨屋メルシー。
まるでグリム童話に出てくるような佇まいの建物。重厚な扉を開けるとセンス良くディスプレイされた色とりどりの雑貨が目に飛び込んできた。
「可愛い。」
思わず口に出てしまう。
「いらっしゃいませ。」
奥から猫を抱いた女性が現れる。チラシの女性とはだいぶ違う。
「あらっ、またいらしたのね?」
「はい。あんまりステキなお店だったから娘に見せたくて。」
「ありがとう。縁があるのね。ゆっくり見てらして。」
ママにそう告げると女性は座り心地の良さそうなふんわりしたソファに座り込み抱いていた猫のお手入れを始めた。客にはさして興味がないのかゆっくり見て貰う為なのか必要以上に寄ってこない。ママとふたりゆっくり店内を見て回る。
ステンドグラスやランプや食器や小物。どれも優しい色合いでセンスが良い。小物をディスプレイするために使う家具も販売されているようだ。こじんまりとして見えた店内は意外に奥行きがあり広い。ロフトも付いていて2階にも上がれる仕組みだ。
階段を上りロフトに上がると
「イラッシャイマセ」
甲高い声が響いた。驚いて甲高い声がする方に振り向くとグレーの大きな鳥が止まり木の上でご機嫌に頭を振っている。
「その子はヨウムのチャーリー。そこの用心棒。とっても賢いイイコよ。ただイケないことをしたらタダじゃ済まされないわ。気を付けてね。」
猫のお手入れをしていた女性が下から声をかけてきた。
なるほど。この一角はジュエリーコーナーになっていてキラキラと美しい光を放つジュエリーが陳列されていた。付けられたプライスタグにはどれもこれもASK(商談)と振ってある値段の付けられないものらしい。ママがそれを見て首をすくめる。
「とても買えるようなジュエリーじゃないわね。ママは下を見てくるわ。」
つかつかと下に降りてしまう。私はもう少しジュエリーを見ていたくてロフトに残った。しかし、こんなに高価な商品をこの鳥が本当に守れるのだろうか。
ふと見ると、鳥がレロレロと舌で宝石を舐めている。驚いて下の階の女性に声を掛けた。
「あの、鳥が宝石を舐めていますけど大丈夫なんですか。」
「ああっ、それはチャーリーの宝石だから大丈夫。何でも噛んで破壊してしまうから1番堅いダイヤをおもちゃに預けているのよ。気にしないで頂戴。それから鳥じゃなくてチャーリーだから。」
鳥が宝石を齧る事より、私が名前を呼ばない事に尖った返答を返された。
「すみません。」
「いいわ。」
ぶっきらぼうに答えるとまた猫のお手入れを始める女性。商売っ気が無いと言うより感覚がおかしい気がする。高校生の私でも分かる高価な宝石ダイヤを鳥に齧らせているなんて。どこかのすごいお金持ちが趣味でやってるお店なんだろうか。だとしたら今見ているジュエリーはとても高価なものなのかも知れない。こんなチャンスは滅多にないと思う。セレブ程気紛れなものは居ないとテレビでやっていたし、このお店も突然無くなってしまうかも知れない。見られるうちに見ておこう。
私は気を取り直してジュエリーのディスプレイを眺めた。種類や価値は全く分からないけれどとにかく綺麗で覗き込むように見てしまう。ジュエリーを眺めることに没頭していたら首元にジャラリとした冷たい感触を感じびっくりして手を回すとネックレスが掛かっていた。驚いて棚に戻す。暫くしてまたジャラリ。
どうやら鳥がイタズラで私の首に乗せているらしい。手にとって見てみるとシルバーのチェーンにミルキーピンクの宝石が付いた可愛らしいネックレスだった。可愛いなと思ったけれどとても私には買えない。無言で棚に戻した。暫くしてまたジャラリ。同じネックレス。分かっていてやっているんだろうか。店主に商売っ気が無い代わりにペットの鳥が厚かましく販売活動をしているんだろうか。イライラして絶対届かないであろう場所にネックレスを戻す。もう首元に落とされることはなかった。