お客様への販売は致しません!!
「こんにちは。」
「こんにちは、結衣。今日もよろしくね。」
何事もなかったように迎え入れてくれるマダム。クロスを受け取りロフトに上がる。
「結衣、コンニチハ。」
「えっ、チャーリー?」
紗希さんの絵のモデルになっているはずのチャーリーがロフトにいた。
「紗希、絵画の制作終わったんですって。だから今日からロフトに戻って来たのよ。」
階下からマダムが声を掛けてくる。昨日の今日でこのタイミング。何となく居心地が悪い。
「こんにちは。」
「コンニチハ。」
いつものように声を掛けてジュエリーを磨く。不思議とひとりきりで磨くよりチャーリーの気配を感じながら磨く方が気持ちが落ち着いて、感じていた居心地の悪さも消え失せた。カチャカチャとダイヤを転がす音が心地良い。
「イラッシャイマセ。」
突然聞き慣れないチャーリーの声がロフトに響く。お客様だ。慌てて私も「いらっしゃいませ。」と声を揃える。涼しげなワンピース姿の女性とスーツ姿の初老の男性。ぐるりとジュエリーを見て回り、男性は小さなルーペを片手に慎重にジュエリーを見て回る。
「奥様、どれも本物かと思われます。」
「そう。」
ワンピース姿の女性が答える。
「全て購入してもいいけど1番高価なジュエリーはどれ?」
「手に取って確認していないのでまだ分かりませんが、あの鳥が咥えている宝石、ダイヤかと思われます。本物であればあの大きさはなかなか流通しておりません。」
「そう。決めたわ。あのダイヤ見せて頂ける?」
女性に突然声をかけられたじろいでしまう。
「えっ、あの、あのダイヤは売り物では無いかもしれないです。」
「何ですって?!イミテーションなのかしら?確認させて頂ける?」
「あっ、でもチャーリーが、鳥が嫌がるかもしれないです。」
変わらずカチャカチャとダイヤを転がすチャーリーを確認してお客様に伝える。
「何ですって?私はお客なのよ。お客の要望を無下にするなんてあり得ないわ。貴女、店員なのでしょう?あのダイヤをこちらに持っていらっしゃいよ。」
確かにそうかもしれない。私はチャーリーに歩み寄りダイヤの繋がった鎖を引いた。チャーリーが素直に嘴を離しコロリとダイヤが鎖に下がる。すかさずスーツ姿の男性が寄ってくる。
「確認させて頂きますね。」
ダイヤを手に取り色々な角度から確認していく。
「ほう。奥様、この宝石は間違いなくダイヤですな。かなりの金額になるかと思われます。億はくだらない。素晴らしい!!」
「決めたわ。貴女、これ頂けるかしら?」
「すみません。商談は下の階でオーナーとして頂くことになっていますのでここでは販売できません。」
「そうなの。」
女性は面白く無さそうに呟き、さっさとロフトを降りていこうとするそれををマダムが塞いだ。
「邪魔よ!!」
「あらっ、失礼致しました。私はこの店のオーナーです。商品をお決め頂いたようでこうして参りました。」
「遅いわ!分かっているなら早くいらっしゃいよ!!」
優雅な物腰で答えるマダムにイライラした様子でお客様が畳み掛ける。
「あのダイヤ頂けるかしら?お金ならいくらでも出すわ。早くあの鳥から外して頂戴。」
「申し訳ありません。あちらのダイヤは販売しておりません。」
「何ですって?!あんなに高価な物をあんな鳥に齧らせておくなんて正気の沙汰じゃないわ。」
マダムはチャーリーに歩み寄り、体を撫でるとダイヤに手を伸ばし色々な角度に傾けダイヤをキラキラと輝かせた。それを見ていたお客様から「ほう。」っと感嘆の声が漏れる。堪らないとばかりに女性が話し出した。
「美しい・・・・・・。そのダイヤの為ならいくらでも出すわ。お売りなさいよ。」
「いいえ。こちらはお売りできません。この子の物ですので。」
「何ですって?私を馬鹿にするのもいい加減になさいよ!」
女性がマダムに向けて手を振り上げる。危ない!と思うと同時に体が動いた。
パシーンッ!!
乾いた音がロフトに響き渡る。指輪を複数嵌めた手の衝撃はかなりな物で私は体がよろめいた。でも、ここで怯んじゃいけない。体勢を立て直し女性を見据える。
「こちらのダイヤはお客様への販売は致しません!!商談を請け負うオーナーが売れないと言うのですからお引き取り下さい。今、お引き取り下されば手を上げられたこと大事にはしませんので。」
「揃いも揃ってなんて生意気なのかしら。こんな店とり潰してやるわ!帰るわよ!!」
女性は捨て台詞を残し店を去って行った。
私は足が震え立っているのもやっとだった。
「結衣、ごめんなさいね。大丈夫?」
マダムが体を支えてくれる。ダダダッとロフトに駆け上がってくる気配がして身構えると紗希さんだった。
「結衣、良くやったね!格好良かったよ。見直した!!」
「いつから居たんですか?」
「うんとね、マダムが殴られる直前。ヤバいなって駆け上がろうとしたら結衣が庇うように動いたから大丈夫かなって下で静観してた。いや、でも痛かったでしょう?凄い音が響いたわ。」
言われて思いだし、頬に触れるとジンジン痛い。
「痛いですぅ。怖かったぁ。」
足の力が完全に抜けヘナヘナと床に座り込む。マダムがゆっくり背中をさすり「ありがとう。ごめんなさいね。」と呟いた。紗希さんは「塩撒いてくる!!」と階下に走り降りていった。
「あの人、また来ますかね?お店を潰してやるって。」
「大丈夫よ。ここは潰れないし、あの人はもう来ない。来る意味も無いわ。」
マダムは穏やかに微笑み、その表情を見ていると本当に大丈夫な気がした。