魔剣を手に
屋敷の裏手には件の魔剣が置かれた倉庫があり、下っ端で倉庫によく行く俺は鍵を失くした時の為の合鍵を複数用意している。
無駄に用意しておいた合鍵がここで役に立つなんて思っていなかったが、どちらにせよ今は使えるものは全て使うべきだろう。
倉庫のある屋敷の裏手に向かうと、案の定見張りはおらず、倉庫周辺は近付き放題だった。
「だからお前は出来がいいけど詰めが甘いって言われるんだよ、ジュリアン」
辺りに誰もいない事を確認し、倉庫に駆け寄り、倉庫の扉に掛けられた錠をおとし、薄暗い倉庫の中へ忍び込んむ。
薄暗く、埃がかかった倉庫の暗さに目が慣れる頃には、魔剣の閉じ込められている箱がはっきりと見えていた。
あの魔剣さえ、あれさえ手に入れば恐らくこの村から確実に逃げ出せる。俺達は晴れて自由になれる。
目の前にある自由への期待と、得体の知れない力に触れる事への恐怖に揺られながら箱に手を掛け、上蓋をそっと持ち上げると、あの時見る事ができなかった、見えざる声の主が、魔剣がその全貌を露わにした。
「……おい……来たぞ、お前の望み通り……箱から出してやったぞ……」
しかし魔剣はあの時のように声を出すこともなく、持ち上げても何も起こらなかった。
「……何だよ……何か言えよ……何とか言えよ! 魔剣!」
「……そこで何をしている……」
「……っ⁉︎」
背後から浴びせられたその声に、背筋が凍りつき、心臓が止まるような衝撃が体中を駆け抜けた。
恐る恐る振り向くとそこにはーーー
「お前はもう、ここの人間じゃない筈だ。 それに何故それを持っている……?……それに近付くなと行った筈だがな……」
「……執事……長……」
背後に立つ執事長の存在に、心臓は早鐘を鳴らすようにどくどくと脈打ち、呼吸が荒くなった。
「それを持ってお前は何をするつもりだ?」
「……これは……俺が……この村から」
「この村から、何だ?」
「ーーーちくしょう!」
片手に魔剣を持ったままサーベルを引き抜き、執事長に向かって斬りかかる。
なりふり構ってなどいられなかった。例えかつての恩師であっても、俺とユリアがこの村から逃げ出す為の障害になるのだったら、倒さない理由はなかった。
初動で振り切った勢いを残したまま手首を返し、突きを繰り出す。
しかし突きは空を切り、無防備に伸ばされた腕を掴まれ、そのまま床に組み伏せられた。
「っ! があっ!」
「結局お前には全てを教える前に終わってしまったな……加えてこの体たらく……残念だ」
「……っ!……逃げないとなんですよ……俺達はこの村から……でないと、そうじゃないとあいつが殺されちまう! だからーーー」
「それがどうした。 そう思うなら自分の力でさっさと逃げ出せばいいだろう」
恐らくこの男は、執事長は俺が何を思って魔剣に手を出したのか、分かっている。分かった上で、俺にそれを問うている。
「……弱過ぎる……俺一人の力じゃ……弱過ぎるから……だから俺にはこいつが必要なんだ‼︎‼︎」
悔しさと、理不尽への怒りと、二つの感情が混ざり合う。
ありったけの力を込め、体を跳ね上げ、執事長を蹴り飛ばす。
「むぅ……っ⁉︎」
「邪魔するなァァァァ‼︎」
無我夢中で掴み掛かり、倉庫の外までもつれ合いながら飛び出した。
それからしばらく揉み合いが続き、やっとの事で俺は馬乗りになり、執事長の胸倉を掴んだ。
「俺はあいつを守らなきゃいけないんですよ……邪魔しないでくださいよ」
「……ぐっ……何故あの娘に拘る……それ程に危険だと分かっているならば……何故一人で逃げなかった……?」
「……もし仮にそうしたとして、それは執事長の言う『護る為の力』を捨てる事になるじゃないですか……」
「……ライル、お前は……」
「貴方が俺に教えた剣術は護る為の術でしょう⁉︎ だったらそれを護る為に使って何が悪いんです?」
それを聞くと、執事長は俺の手に掛けていた力を抜き、両腕を放り投げた。
「……そうか、そうだな……お前はそうやって聞き流してる風で聞いているんだったな……いいだろう……行け、お前がそこまで覚悟しているのなら、私にそれを止める資格はない……ジュリアンの動きも怪しい、急げ」
「……ありがとうございます……今まで、お世話になりました……」
横になっている執事長に手を貸し、引き上げ、別れを告げ、ユリアの元へ向かおうと駆け出したその時ーーー
「ーーー何処に行くつもりかね? コソ泥め」
この世に神様がいるならば、呪ってやりたい気分だった。




