約束のお花畑
地平線の彼方に彼女はいた。
彼女は明るくて、活発で元気いっぱいで花を摘む事が好きだった。
俺は彼女と、とある約束をした。
「大きくなったら私の王子様となって私を迎えに来て。私はお姫様としてお花畑で待っているから」
という内容だった。
あの頃は何の隔たりも無く楽しい日々を送っていた。
しかし、あのXDAYに悲劇は起こった。
彼女は……俺の大切な彼女は、軍隊に連れて行かれてしまった。
後々調べてみたら、国家反逆罪やスパイ容疑など、彼女がするはずも無い容疑だった。
俺は何度も軍隊に掛け合った。
しかし、軍隊は「知らん。帰れ」の一点張り。
俺は悩んだ。
どうすれば彼女を取り戻せるのかと。
答えは一つしかない。
もっと大きくなって彼女を取り返す力を手に入れるんだ。
そして、軍から彼女を救い上げるんだ。
――数年後――。
俺は成人を迎え元服した。
職業は便利屋。
両親の家業を俺は継いだ。
子供の頃はあまり乗り気ではなかったが、彼女の事もあり便利屋に就職する事にした。
便利屋として働きながら、近接格闘戦術、潜入術、暗殺術、多種多様な車両関連の免許、偽装工作の方法などを色々な人から学んだ。
「約束のお花畑を取り返すんだ」
いつからか、これが俺の口癖になっていた。
昔、一緒に遊んだお花畑での約束を果たす為に俺は王子様となって囚われの身のお姫様を助けに行くんだ。
そんなある日、俺の下に一通の手紙が届いた。
便利屋の仕事に協力してくれていた情報屋からの手紙だった。
内容は他人から見れば御伽話の一文だろうが、俺にとっては重要なものだった。
『花畑 お姫様 処刑される 助ける 三日後 満月 晩 牢獄 二階窓 解放 車両 蔵 外 行け 約束 果たせ 地図 裏側』
三日後の祝満祭時に処刑される。
俺に残されたタイムリミットは残り三日……やってやる。
俺は鞄に必要な物を入れて牢獄へと向かった。
情報屋に言われたとおり、蔵には車両が置いてあった。
車両……馬がいた。
馬で迎えに行けという事か。
宜しい。
俺は馬に乗り、お姫様を救いに出かけた。
『パカラッパカラッパカラッパカラ』
夜の荒野を俺と馬は駆けた。
冷たい風が肌を突き刺す。
「ふふふ」
俺はいつのまにか笑みを浮かべていた。
俺の長年の念願が叶う。
こんなに嬉しい事が他にあるか?
いや、そんなものは存在しない。
長年苦しみ続けた彼女を救う使命。
この上ないほどの幸福ではないか。
こんな事を考えながら走る事約八時間……ついに牢獄に付いた。
牢獄の周りでは祝満祭の用意をしていた。
花で着飾った洋服、豪華絢爛な市場、その中心では、演劇用の舞台が用意されていた。
俺は近くにあった馬小屋を一つ借りて馬を止めた。
「よし、夜まで待機だ」
夜になればこの辺は暗く静かになる。
お祭りが近かろうと、夜になるとこの辺りは不気味なので、作業員などは隣町の宿舎に帰ってしまう。
俺は、本当に必要な物だけを腰回りのポーチに入れると、後の荷物は馬に括り付けた。
準備をしている人々を見ると自分も参加したく成って来るが、その心を落ち着けて、夜を待った。
夜が近づくにつれ、人はみるみる少なくなっていった。
どっぷりと牢獄が夜に浸かった時に俺は行動を開始した。
「よし、行こう」
俺は震える手を握りしめながら自分を勇気づけた。
「ここか」
俺が支持されたとおりの場所に行くと二階の窓が開いていた。
俺はポーチの中からフックショットを取り出した。
『パシュ』
俺はフックショットを巧みに使いこなし、いとも簡単に二階の窓の開いた部屋へと辿り着いた。
その部屋は、もう何年も使われていない風の事務室の様だった。
埃が山の様に積もり、くしゃみを我慢するのに必死になる様な部屋だった。
俺は、その事務室から伸びているダクトの中に入った。
ダクトの中は暗く今までに嗅いだ事の無い匂いでいっぱいだった。
「臭い、鼻が曲がりそうだ」
俺はそんな事を呟きながら進んでいった。
俺はふと思った。
このまま進んだ所にトラップがあったら大変だ。
そう考えると、俺は、ガスマスクと暗視ゴーグルをセットした。
「これでよし」
俺は地図の通りにズンズン進んでいった。
潜入してから数時間が経過したようだが今の所なんの問題も無かった。
それから、上に行ったり下に行ったりを繰り返してようやく彼女のいる独房の上まで来た。
ここまで長かった。
俺の思いは彼女一筋。
そう考えながら俺はダクトを一部破壊して彼女のいる部屋を見渡した。
独房というものを初めて見るが、想像していたものより状況が酷かった。
少し大きな部屋に椅子に固定され身動きの取れない彼女がいるだけで後は殺風景といったものであった。
女を大切に扱うという事を知らんのか馬鹿共が。
俺は内心怒りながらダクトから飛び出し、彼女の下へと降り立った。
彼女はやつれて、魂を持つが、動かない人形の様な姿で、どこか遠くを見ているようだった。
俺は彼女の拘束を外していた。
彼女はこんな姿になってしまったが俺はいつでも一緒にいてやるよ。
そんな意気で作業をしていた。
「動くな」
突如、後ろから声が聞こえた。
「ゆっくりと両手を上げろ。そしてゆっくりと立ち上がってこちらを見ろ」
俺は指示に従い、ゆっくりと行動した。
俺が声の主の方を見ると、銃を構えた衛兵二人といかにも偉そうな服装をした男がいた。
「ふっ、情報屋の言付けは正しかったな」
情報屋!裏切ったのか。
「ということは、君がこの魔女の……」
魔女?何のことだ?
「おい、魔女ってどういうことだ?」
俺はとっさに聞き返した。
「貴様、動くな」
衛兵が銃に頬付をして構えるが偉そうな人がそれを遮りキョトンとした顔で話してきた。
「なんだ、知らんのか。そこにいる女――魔女グランケル・ヘイダーは、魔法によって村一つを滅ぼした凶悪犯であるぞ」
俺は初耳だった。
彼女がそんな事をするなんて……しかも、魔法何てものが実在する事に。
しかし、俺はその言葉を信用することが出来なかった。
「嘘だ!彼女がそんなことをするはずが無い」
俺が怒声を上げながら、訴えると、
『パン』
「動くなと言っただろ。次は当てる」
衛兵が俺のすぐそばに向かって銃を撃った。
俺は黙り込んでしまった。
こんなことがあり得るわけがない。
真実を突き付けられた俺は只々立ち尽くすしかなかった。
俺が立ち尽くしていると俺の手に冷たいが懐かしい感触があった。
俺が後ろを向くと、彼女が俺の手を握りながら、涙を流していた。
「やっと来てくれた。私の王子様」
俺はこの言葉を聞いた瞬間、嬉しさと怒りが込み上げて来て、混沌の感情の渦へと足を踏み入れていた。
「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
衛兵が銃を発砲した。
当たる。
そう思った俺はとっさに顔を腕でガードし、目を固くつむった。
あれ?痛みを感じない。
そう思って目を開けると、弾丸が宙に浮いた状態で止まっていた。
彼女を見ると、手を前に伸ばしていた。
「コネラカテイブにαを接続、βは順次戦闘態勢」
彼女が言葉を発すると同時に弾丸が弾き返され衛兵に当たり、衛兵が苦しそうにもがいて死んで逝った。
もう一人の衛兵が叫びながら攻撃をして来た。
「バケモノめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
彼女に銃の弾丸が空になるまで撃ち続けた。
しかし、結果は変わらなかった。
「エルフェネリドシード」
彼女が呟くと、弾丸が向きを変えて衛兵と偉そうな人に向かっていった。
もちろん、回避する事は出来ず、二人は死んで逝った。
彼女は、体力を使い切ったように、崩れて行った。
「!」
俺はとっさに彼女を抱きかかえた。
「大丈夫?」
俺は彼女に話しかける。
「うん、ちょっと無理しちゃった。動けそうに無い」
俺は彼女を背中に抱えると、鉄格子を破壊し、馬のいる小屋へと疾走した。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
立ちはだかろうとする衛兵は皆殺しにし、全力で走った。
馬小屋に着いた頃には既に朝になっていた。
馬に彼女と乗り、遠いところ……お花畑が眼下いっぱいに広がっているところまで馬を走らせた。
彼女を馬に乗せていた時の俺は王子様の様だった。
俺は嬉しさのあまり、馬に乗りながら大泣きしていた。
彼女がやっと俺の下へと帰ってきた。
喜びでいっぱいだった。
国境を超え、山や谷を越え、かれこれ五時間以上走っていた。
馬は疲弊し、これ以上は不可能というレベルになっていた。
俺は彼女をお姫様抱っこして、お花畑を目指した。
とある山を越えた所に山頂前面がお花畑という幻想的なところに行きついた。
ここは思い出の場所。
そして約束の場所。
俺が王子様、彼女がお姫様として誓い合った場所である。
「王子様……」
お花畑の真ん中で俺が座ると、彼女が目を開けて寄り添って来た。
「なんですか?お姫様」
俺達は固く、何物にも引きちぎる事の出来ない鎖の様なもので結ばれているのだろう。
「王子様、約束を守ってくれてありがとう」
彼女は続けた。
「好きです……だから、二度と私を離さないで」
「俺もだよ……君を二度と話さない。だから、君もどこか遠くへ行ってしまわないでくれ」
俺達は抱き合い唇と唇を重ね合った。
俺達の愛を邪魔することは神であろうと許されない。
俺と彼女はこのお花畑でひっそりと、誰にも邪魔されることなく一生を楽しんでいくのであった。
アルトネリコ関係の曲を聴いていたらこんなものが完成した。
当初の計画とは全く違う方向に進んで行きこうなってしまった。
まぁ、個人的に満足しているからヨシとしよう。