天の邪鬼の恋
足を運んで頂きありがとうございます。
クリスマスに因んで恋愛ものを書かせて頂きました。拙文ながら、よろしくお願い致します。
「自分との共通点を見つけたとき、人はそれを好きだって感じるようになると思うんだ」
わざわざこちらに顔を向けて、やたらと嬉しそうに貴方は笑った。いつもみたいに反論するつもりだったわ。でもね、そのときの貴方の煌めく双眸が、貴方が大好きな頭上の星たちと何処と無く似ていたから、だからなんとなく府に落ちた。
黙ってその目を見つめていたら何を勘違いしたのか。頭を掻いて、少し考え込むような仕草をして、それから貴方は徐に口を開いた。つまりね、って。
「自分と似たものを見つけたとき、自分はそのものに、自分自身の魂を見るんだよ。そうすると愛着が沸いてくる。だってさ、自分と全く異質のものって警戒するし、なんか嫌だろ?」
理解と共感は同一じゃない。当然よ。それでもその日から、私の価値観はがらりと変わった。
マイナーなホラー映画よりも、王道なラブストーリーに関心を持った。70年代の洋楽よりもJ-POPを聞くようになった。だって貴方、そっちの方が好きだったでしょ?カラオケで私がアイドルの新曲を披露したときの貴方の呆けた顔、今でも私忘れないわ。数秒後には吹き出したわね、失礼な人。でも嫌じゃなかった。それからそのあとのランチ。アラブのエスニック料理じゃなくて、お隣のイタリアンレストランを選んだ。だって貴方、辛いの嫌いでしょ。
誤解しないでよ、無理して貴方に合わせていた訳じゃない。ただ、貴方が好きなものに、貴方の魂を感じたの。そしたらそれが愛しくて堪らなくなった。社食でカルボナーラを食べていると、貴方が嬉しそうに同じものを頬張る姿が浮かぶ。町中でラブソングが流れると、貴方もきっとこれ好きなのね、って思う。夜の帰路で星を眺めると、今貴方も同じ星を、あの柔らかな眼差しで見上げているかしら、って考える。
同棲を始めた頃もこの嗜好は続いていたわ、寧ろ一層増していたように思う。部屋はピンクやらオレンジやら、暖色系のもので溢れていた。モノトーンなんて寒くてつまらなくて嫌いよね、私もよって。お皿やコップはなんかはファンシーな動物柄ばかりだった。無地じゃ食事の会話も弾まないわよねって。
貴方と私の共通点なんて見つからなかった。優しかった、ルックスもそこそこだった。相性も悪くなかった。そんなボンヤリとした、抽象的な理由で、それでも貴方を大好きだった。だから貴方の魂が宿った、貴方の好きなものたちも丸ごと愛したわ。
でもね、結局は歳月がそれを変えてしまった。決定的な出来事なんてわからないし、きっと無かったと思う。ただ少しずつ溝ができて、徐々に深く、広がっていった。小さな不満から始まる口論、すれ違い。もはやその溝を埋める術なんてなかった。
そんなとき、私の中の悪い鬼が再び目を覚ましたわ。一種の病気よね。貴方の好きなもの、好きじゃなくなっちゃった。それどころか嫌いになった。私が気に入って買ったブラウス、貴方が褒めたから捨てちゃった。貴方と夜に聞いていたJ-POPのCDも、全部売っちゃった。家具とか、食器とかからも、少しずつ暖かい色が消えていったわ。
仕方ないでしょ?私、天の邪鬼なんだから。
代わりに貴方の嫌いなものが少しずつ、空いた隙間を埋めていった。白黒の絨毯、無地のクッション、無色透明なグラス。冷蔵庫の中は、開けた瞬間に鼻を刺激するほど香辛料やらキムチやらが存在を主張している。
こんなものだから貴方、少しずつこの部屋から離れて行ったわね。まず食事をしなくなって、帰ってくるのも遅くなって、週末も外出ばかり。いつの間にか、何日か置きにしか帰らなくなった。それが当たり前になった。
ねぇ、私貴方が大好きなあの女、嫌いよ。当たり前よね、私天の邪鬼だから。貴方が大好きなものは嫌いなの。大嫌いなのよ。きっと貴方が今過ごしている、ここより遥かに居心地の良いあの女の部屋も、大嫌い。
それなのに、おかしいわよね?貴方の魂が一切感じられなくなった、貴方が大嫌いなこの部屋、私も全然好きじゃないの。私、天の邪鬼なのにね。
それから、私が「意味わかんない」って鼻で嗤ったプロポーズの言葉、貴方は覚えてる?今になって脳裏に浮かんで、しかもそれが離れないのよ。
「僕、一人ぼっちは嫌いなんだ。電気を点けてもちっとも明るくなくて、テレビを付けてもちっとも賑やかじゃない。ねえ、だからさーー」
ねえ、やっぱりさ、私も孤独は嫌いだわ。貴方とおんなじ寂しがり。やっと見つけた、貴方との共通点。理解を越えて、やっと共感できた。あのとき私が貴方を好きになったのは、きっと貴方の中に、私の魂を見たからよ。
でもきっと、もう遅いのね。だって伝える術がないの。
私の中にも貴方の魂は存在したわ、って。
閲覧ありがとうございました。