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文学少女と数学少年は交じり合わない  作者: 狗尾草
第3章 数学少年は嘆息する
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第19話

 数分後、ようやく痛みから立ち直った自分は椅子に座っていた。昨日と同じく、入口そばの椅子に黒板を背にして座っている。江戸原琉歌も昨日と同じように、自分から見て右手側、窓際の席に座っている。


「あの、本当にごめんなさい。大人しく頼んでおけばこんなことにはならなかったのに」

「大丈夫だって。物が落ちるなんてよくあることだから」

 江戸原琉歌は先程から謝罪しっぱなしである。今も泣き出しそうな目をして顔を俯かせている。いつも強気な彼女が、しおらしく振る舞っているのを見ると調子が狂う。罵倒してくるくらいがちょうど良い。いや、別にマゾヒストではない。睨んでこない彼女は普通に美人だから緊張してしまうのだ。


 それにしても全集の鈍器としての潜在能力には驚いた。全集を凶器にして、燃やしてしまえば証拠隠滅できるのではないだろうか。完全犯罪かもしれない。もし今回打ち所が悪かったらどうなっていたのだろう。「八咫高校の1年男子、頭に太宰文集を受け死亡」なんて文字が新聞に並んだら恥ずかしくて死ぬしかない。あ、もう死んでるじゃん。


 それよりも、女子のピンチに咄嗟に体が動いた自分が少し誇らしい。これはきっと姉の教育の賜物だろう。「目の前で女子に怪我をさせる男は最低。直接手を出す男はゴミ」が姉の信条だ。これを振りかざして一方的に暴力を加えてきたことを思い出す。いつか復讐してやる。全集アタックとかが良いかもしれない。


「本当にごめんなさい」

「気にしなくて良いよ。まあ、これからは人の親切は素直に受け取ろうってことで」

 江戸原琉歌は再び消え入りそうな声で謝る。過ぎたことを悔やんでも仕方がない。元々の原因を直してくれれば満足である。他人に助けてもらうのは悪いことではない。足りない部分は補い合えば良いのだ。


「分かりました。次から本棚の高いところはお願いします」

「そうそう、それでオーケー」

 なんか親切を受けるところが限定的な気もするが、今はそれでも良いだろう。江戸原琉歌はきっと負けず嫌いなのである。


「さっきから手に持っている紙は何なんですか?」

「全集から落ちてきたんだ。多分中に挟まれてたんだと思う。手紙みたいだし見て大丈夫なのかなと思って」

 勝手に手紙の中身を見るのは気が引ける。もしかしたらラブレターとかかもしれない。他人に見られたと分かったら悶絶してしまうだろう。挟まれていたということは、その想いは届かなかったのかもしれないが。


「結構古いものだったから大丈夫だと思います。ただのプリントかもしれませんし」

「確かに。まあ、挟んだままってことは重要ではないってことか」

 江戸原琉歌の言う通り、この紙自体もだいぶ古いものらしく、元は真っ白だったであろうものが、薄い茶色に変色してしまっている。持ち主も覚えていないであろうし、開いても罰は当たらないだろう。ということで折りたたまれた紙を開いていく。


「何か書いてありますか?」

「書いてある。えっと……」

 手紙を開いていると江戸原琉歌が尋ねてきた。一部消えかかっている文字もあるが、はっきりとした筆圧で何かが書かれている。彼女にも分かるように読み上げることにする。


『私は彼の死の真実を知っている。人は彼が自殺したと言うが、それは真実ではないと知っている。彼は殺されたのだ。私達が彼を殺したのだ。

 私は真実を告白する勇気を持たなかった。真実を隠し通す覚悟を持たなかった。私の心はこの罪に耐えられなかったのだ。

 学校を去る前に手掛かりを残すことにした。誰かが真実を明かすことを願って。誰かが真実を明かすことを恐れて。


 ●●●ハ悲シンダ。ロクニ身動キスラ取レナクナッタ吾ガ身ヲ嘆イタ。悲嘆ニクレ歪ンダ●●●ハ彼カラ全テヲ奪ツタ。彼ハ●●●ノコトヲ●●●●●●●●●●●●。

 アア、彼ハ何ヲ思ツテイタノダロウカ。今ハソレヲ知ル術サエナイ。


 平成12年2月27日 』


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