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文学少女と数学少年は交じり合わない  作者: 狗尾草
第3章 数学少年は嘆息する
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第18章

 掃除を始めて1時間程が経過し、机の上や床の上に積まれていた本の殆どは新しい本棚に片付いた。運び込んだ2つの本棚は、既に本で埋め尽くされている。一体この部室には何冊の本があるのだろうか。


 江戸原琉歌は5分掃除して5分読書するインターバルで働いていた。仕事量にしてきっと2倍以上の差がついているだろう。読書中の彼女は優しい表情をしている。普段から心がけていれば、もっと印象も良くなるだろうに。もったいない人物である。


 殆ど片付いた部室を見ながら、後ろに反って体を伸ばす。働いた後の柔軟は気持ちいいものである。普段あまり動かない分余計にそう感じられる。あとは床や机の上を雑巾掛けするくらいだろうか。


「休んでいないで働いてくれませんか?」

 少し休憩していると江戸原琉歌が溜め息をつきながら言った。どの口が言っているのだろうか。エゴイズムが過ぎませんかね。エゴ原さんと呼んでしまおうか。きっと彼女にとって読書はサボりに分類されないのだろう。


 江戸原琉歌は5冊くらいの分厚い本を運んでいた。何の本だろうかと見ると、太宰治の名前が見えた。文学に興味はないが名前くらいは知っている。あの分厚さは全集か何かだろうか。それよりも先程から彼女がふらついているのが気になる。見ている方が不安になる足取りである。

 本棚まで辿り着く。江戸原琉歌は両手で抱えていた本のうち1冊を右手に持つと、残りを左手の脇に抱えた。背伸びして本棚の一番上の段に本を並べようとしているらしい。足が震えているし、左手に抱えた数冊も零れ落ちそうになっている。はらはらして見ていられなくなってしまった。


「俺がやるよ。貸してくれ」

 近づいて声をかける。不安定過ぎて心臓に悪い。しかし、江戸原琉歌は何も言わずにきっと俺のことを睨むと、また背伸びを始めた。どうやら手を借りたくないらしい。「いやだー、琉歌がやるの!」という台詞が脳内で再生される。お前は幼稚園児か。

 何故他人の動作を見てこんなにも不安にならなければいけないのだろうか。幼い我が子を見守る親の気持ちは案外こんな感じかもしれない。いや、相手は高校1年生の同級生であるのだが。


 江戸原琉歌はなんとか本を押し込んだのか、上げていた踵をぺたんと下ろした。やっと終わったと安心したのも束の間、全然奥まで入っていなかったのか、先程の全集が棚から飛び出してきていた。それに気付くか気付かないかの一瞬に、体は江戸原琉歌を庇う体勢に入っていた。

 彼女を両手で押しのけた瞬間、後頭部に重いものがぶつかった。思ったよりも強い衝撃にその場に蹲ってしまった。本当に痛いと声も出ないらしい。


「いきなり何するんですか? セクハラですか? 出るとこ出ても良いんですよ!」

 状況を理解していない江戸原琉歌に罵倒される。言い返したいが、ぶつけた部分が痛むため何も言うことができない。涙も出てきてしまった。声に出せない以上は目で訴えるしかない。涙目で彼女を見上げる。


「どうして泣いているんですか? 泣きたいのは勝手に触られた私の――。……。この本落ちてきたんですか?」

 蹲る俺の横に転がる先程片付けたはずの文学全集を見て、彼女も何が起こったのかを察したらしい。気付いたらしい彼女は何故か涙目になってしまった。


「あ、あの、ごめんなさい。私、あの、そんなつもりじゃ……」

「……っ。大丈夫だから」

 声を震わせながら謝る彼女を見て、何故か申し訳なくなってしまった。ようやく痛みが引いてきたおかげか、なんとか声を出すことができた。


 立ち上がろうと床に手をつくと、右手に何かが触れた。何かの紙が5cm四方に折りたたまれたものだった。先程までなかったということは、おそらく全集が落ちた拍子に中から飛び出してしまったのだろう。手紙だろうか?

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