第15話
いつまでも教室の入り口にとどまっている訳にもいかないため、扉を閉めて教室の中に足を進める。真ん中に置かれた大きめの机の上に荷物を置き、近くにあった椅子に腰かけた。改めて教室の中を見渡す。
普通の40人のクラスが授業を行える大きさのはずだが、この教室はずいぶんと狭い印象がある。きっと、教室の半分を占める本棚のせいだろう。黒板を前にして、教室の後ろ半分には古い本棚が立ち並んでいる。前後に2つ廊下に面した扉があるのだが、黒板から離れた扉は本棚に塞がれて機能していないようだった。
本棚には数え切れないほどの本が並べられている。本棚に入り切らないのか、机の上や床のシートの上にも数多くの本が積まれている。さながらミニ図書室といった感じである。新校舎の一回にも図書館があるのだが、蔵書の数はその3分の1くらいには相当するように感じられた。図書館はあまり利用しないため、その推定が正しいかは定かではないが。
文学部は無くなってしまったらしいが、かつては熱心な部活動だったのかもしれない。黒板側の半分のスペースが活動の場であるらしい。真ん中には大きめの長机が置かれ、その周りに数脚の椅子が無秩序に配置されている。
自分は黒板を背にして、入口近くの席に座っている。その右手では、窓を背にして座る江戸原琉歌が本を読んでいる。再び眼鏡をかけている。読書の際に眼鏡をかけるようだ。眼鏡をかけて本を読んでいれば美少女にしか見えない。思わず見惚れてしまった。
「何ですか?」
「いや、えっと……。ここって本当に文学部が使ってたんだな」
視線に気付いたらしい江戸原琉歌が、煩わしそうな目をして尋ねてきた。眼鏡バージョンだとかなりの美人であるため、返事にもどぎまぎしてしまう。見つめていたのも誤魔化すため、どうでもいいことを言ってしまった。
「文学部の部室というのは最初に言いましたよね。それを数学なんてもののために使うなんて。蔵書も素晴らしいのに。教室も本も泣いています」
江戸原琉歌はそう言いながら、手元の本に目を落とした。どうやら部室にあった本を読んでいるらしい。それよりも、どれだけ数学が嫌いなのだろうか。数学に親でも殺されたというのだろうか。
「まあ、部室自体は使えるんだから良いじゃん」
「私としては不本意ですが」
名ばかり数学部で、部室自体は自由に使えるのだから問題はないだろう。しかし、江戸原琉歌には満足いかないらしい。ぶっきらぼうに言うと、手元の本に視線を戻してしまった。どうやら読書するから話しかけるなと言いたいらしい。
話し相手がいなくなってしまったため、自分も何かしようと鞄の中を探る。解きかけていた数独があったことを思い出して、鞄の隅から小さい問題集を取り出した。ぱらぱらとめくってお目当てのページを探す。
トントントン――ページを開いたところで教室の扉をノックする音が響いた。一体誰だろうか。できたばかりの数学部に用事がある人に心当たりはないのだが。まだ教師への報告も生徒への勧誘も行っていない。
「はい、どうぞ」
無視する訳にもいかないため返事をする。返事を聞いたらしいノックの主は、教室の扉をゆっくりと開いた。