第13話
「本野君、どうして入口にぼうっと突っ立っているんですか?」
教室の中に澄んだ声が響いた。目の前の美人に見覚えはないのだが、何故俺の名前を知っているのだろうか? まさかストーカー? まあ、こんな美人なストーカーなら……。いや、駄目だよ。怖いよ。
「いえ、えっと……。何と言いますか……」
眼鏡の向こうからの突き刺すような視線に何も言えなくなってしまう。そんな視線も何だか魅力的に思えた。いえ、決してマゾヒストな訳ではないですよ。本当です。
「ついに言葉まで無くしてしまったようですね。文学を蔑ろにした報いです」
そう言いながら彼女は眼鏡を取った。目の前に江戸原琉歌が現れた。
…………………………。
つい一瞬前までそこに座られていた美人はどこに行ったのだろう? 俺は魔法でもかけられてしまったのだろうか? 何度見直しても先程まで彼女が座っていたところには、江戸原琉歌の姿しかなかった。この世のあらゆる負の感情を凝縮したような瞳の持ち主を見間違えるはずはない。
「……。今読書してたのって江戸原さん?」
「何を言っているんですか? そこで見ていたんですよね? ああ、神様は残酷ですね。文学を理解できない腐った心にとどまらないで、目まで腐らせてしまうなんて……」
やっとのことで言葉を発すると、江戸原琉歌は心底呆れた様子で罵倒の言葉を返してきた。いや、目が腐っていると言いますが、あなたの目も人のこと言えないですよ。いやいや、そんなことは置いておいて、今は確認すべきことがある。
「江戸原さん、ちょっと申し訳ないんだけど、もう一回眼鏡かけてもらっても良い?」
「急に何ですか? ……。仕方ないですね。神様に見放された可哀そうな本野君には同情してもしきれないので、一度くらいお願いを聞いてあげましょう」
江戸原琉歌はなんやかんや言いながら、眼鏡をかけてくれた。目の前に一言では表現できない、いや、言葉で表現するなどおこがましいと思ってしまうような美人が現れた。
「ありがとう。もう外してもらって大丈夫だから」
「何がしたかったんですか? 奇行は程々にした方が良いですよ」
江戸原琉歌は首をかしげながら、ゆっくりと眼鏡をはずした。目の前に瞳だけで子どもを泣かせてしまいそうな修羅が現れた。いや、子どもだけじゃなくても、夜道であったら俺も泣く気がする。
あの美人はやっぱり江戸原琉歌なのか。違う人物だったらホラーだけど。本当にお前かよ……。少ない語彙を駆使して美しさを表現してしまったというのに。なんたる不覚。ああ、穴があったら入りたい。誰か俺を埋めてくれないだろうか。一瞬でも心惹かれてしまった俺を殺してくれ。
…………………………。 あれ?
「それよりも、江戸原さんはどうしてこの教室にいるの?」
遅すぎる気がするが、そんな疑問が口をついた。部室に関しては、俺の勝ちということで決着がついた気がするのですが……。考えたら怖くなってきた。なんでいるんだよ。怖いよ、ホラーだよ。