第12話
少しだけ顔を出して教室の中を覗き込む。目の前に広がる光景に息を呑んだ。
開け放たれた窓から吹き込む風が、白いカーテンをはためかせている。西に沈みかけた陽の光が差し込み、教室全体を金色に染めていた。古びたカーテンから舞い上がる埃ですらも、陽の光を反射しながら金色に煌めき、神々しいものに感じられる。
そんな幻想的な景色の中心に、美しい女性の姿があった。
長く豊満な黒髪が、陽の光を受けて明るく艶めきながら、風に優しく揺られている。小さく整った鼻の下で、ピンクの薄い唇が柔和な微笑を浮かべている。知的な感じを際立たせる眼鏡の向こうには、まるで幼い我が子をあやしているような、優しさと愛しさで満ちた瞳が輝いている。
その視線は腿の上に置かれた両手に注がれている。その手にはハードカバーの厚い本が広げられている。規則正しいリズムでページを捲る右手は、今にも折れてしまうのではないかと不安になるほど繊細な印象を与える。ほんの少しの衝撃で壊れてしまう何かに触れているような柔らかな手つきだった。
彼女の安らかな呼吸音とページを捲る音だけが教室に響く。まるで世界から他の全ての音が消えてしまったようだった。呼吸することさえ躊躇ってしまうような、そんな静けさが空間を支配している。
ここにいてはならないという錯覚に囚われる。目の前の美しい景色は、ほんの小さな衝撃で崩れてしまうような危うさで成り立っている。この景色をいつまでも見ていたいと願う自分と、異物としてここにいることを躊躇う自分が混在している。
思わず後ずさりしてしまった。その瞬間、中途半端に開けた扉に体がぶつかってしまった。実際は大きな音ではなかっただろうが、今この教室においては、何かが近くで爆発したような音が響き渡った気がした。
世界が弾けた。魔法が解けた。現実が戻ってくる。目の前には、どこにでもある普通の教室の景色が広がっていた。運動部の掛け声や吹奏楽部の楽器の音が聞えてくる。もしかしたら夢でも見ていたのかもしれない。
教室の真ん中に目を向ける。教室を支配していた彼女は、その眼鏡の向こうから俺のことを睨みつけていた。