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 彼はあまり戦闘向きではない。


 月明りのない夜の森は慣れていても、危ない。

 けぶるような雨が降る上にほんのりと淡い虹の明りが降り注ぐ日はなおさらだ。

 まず、足場が悪い。

 道というには狭く、足元も覚束無い獣道を川傍を歩くように滑らないように気を付けてゆっくり歩く。

 一息吐いて見上げれば闇月に虹がかかっているのが見える。

 星はない。真っ暗な空だ。

 雲も見えないのに霧のような雨が降る夜。

 その淡い揺れるような光の加減は、まるで幻惑の魔法をかけられたように見えるものを歪ませる。

 それはこの辺り特有の数百年に一度あるかないかの、原雨の夜と呼ばれるもので魔物が力を増し闊歩する。

 トリスが住み始めてから減ったはずの俺の森でも、いや、ここだからこそ寄ってくるというか。

 ゆっくりと歩く歩行と雨のせいで足音がないのは仕方がないが、気配もない後ろの存在を時々顧みる。

 その度に目が合いにこりと微笑まれた。

 ……なんだかなぁ。こういうのに慣れてるって、どんな育て方したんだよ。隊長の奴。

 どこもかしこも筋肉で出来てるに違いないと仲間内でもっぱら噂の、やたらと体を鍛えるのが好きな男の顔を思い浮かべる。明るいし人好きするタイプで人が集まるうちに、何時の間にか訓練部隊を作り上げてしまったような奴だ。

 あー、じゃあ仕方ないか。自分と同じように鍛えさせたんだな。

 (つがい)ができたとか子供がいるとか話は聞いていたが、この間の飲み会に連れて来て何故かそのまま預かることになった。

 灰色の髪の色や体のラインが透けて見えるほど薄いレースのポンチョを被り、中に着ている服もひらひらと柔らかく揺れるビスチェとかいう下着のような物で、足を包むのはヒールの高い編み込みのサンダルだ。

 後で母方の民族衣装だと補足説明を受けたとはいえ、これが彼女曰く戦闘服だというのだから、一瞬隊長の趣味を疑った。

 娘に何着せてんだよなぁ? そりゃー、眼福だけどさ。 

 男でも戦士なら同じような服装だと聞けば、本当にここに居るのが彼女で良かったと思う。

 人間にしては綺麗な顔立ちできりっとした立ち姿、細身の剣を背負い淀みないその足運びはこの森の主である俺より危なげない。

 腕やら足やら露出がある分、小さな怪我をしないか心配にはなるが(これ)を破らず汚さずに狩りができれば一人前に戦士だとか熱く語る上に、着ると気が引き締まるのだと言われれば強く止める義理もない。

 まぁ獣人たちに比べればマシな方だしな。あいつらは筋肉という名の鎧を付けてはいるけれども。

 霧のような雨は俺の着るローブにじんわりと水滴を作ってゆく。

 お互い水をはじくように作られた素材で出来た服でなければ、じわりじわりと水分を含み重くなりさらに体温を奪われるだろう。

 視界の邪魔になったフードの水滴を指先で弾いて振り落した。


 空から降りてくるものとは違う柔らかな青白い光が前に現れて、俺たちは目的地に辿り着いたことを知った。

 それは宝玉樹と呼ばれ普段は何の変哲もなく他の木々に埋もれてしまうようなものだが、この原雨の夜にだけ変わった特色を持つ。

 何処から降ってくるのかわからないこの雨は魔力を帯びていて宝玉樹の枝に纏わり伝い落ちる間に、さらに強い魔力を帯びる。

 枝先から雫として零れ落ちる瞬間に捕まえられなければ、それは只の水になってしまう。

 わざと揺すって落としてもそれは十分なものにはならず、ただひたすら自然と落ちてくるのを待つしかない。

 それは魔力を持たない俺でも見てわかるほど、うっすらと青い光を放つ。この樹の周りが仄かに光って見えるのはそのせいだ。

 エキスが溶けているんだと勝手に推測しているわけだが、実際のところは良くわからない。

 俺が知っているのはこれを使えば酒が深みを増し、強くなるってことだけ。

 ……いつか、万能の霊薬と言われる物に並ぶような酒を造れたらいいよな。というか、鬼殺しとか竜殺しとかみたいな感じで俺の酒で酔わせてやるぜ。っていう意気込みだけはある。

 まぁとにかくこれを目当てに魔物達が寄ってくるわけだ。

 この雫を集める間はどうしても無防備になるため、いつもこの樹の周りには結界のようなものを張ってもらうのだが、ごくごく稀にそれを掻い潜る強者がいる。

 それを話したら彼女が用心棒に名乗りを上げ、あの服装に着替えてきたのだった。

 まー、本当に危ない奴が来そうだったらトリスが撃退するから必要ないんだけどな。

 だがそういう好意を無碍にするのも悪いかと思い同行させることにした。

(一人で危ない場所に出かけているという自覚が彼には薄いのだ)

 小さな羽音が聞こえ使い魔も集めるために奔走しているようだ。

 そうして俺も今にも零れ落ちそうな雫に小さな小瓶の口を添えた。

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