75
すっかり夜も更けて空は真っ暗だったが、祭りの賑わいは見上げた空も白く照らし星はほとんど見えない。
あの夜の都の祭りで地上からの光に星々の輝きが邪魔されないのは、やはり彼らが星の眷属だとかいうものだからだろう。
相棒が放つ小さな光に導かれ、子供の手を引きぶらぶらとその輝きから離れ、町はずれへと向かう。
いや、黒い毛玉のくせに真逆の白い光を使えるとか、いつものことながらなんか笑えるよな。
なんて考えていたら、いきなり目の前にピュッと飛んできてビカビカと発光してきやがった。
思わずびくりとしたせいで子供から不審な眼差しを向けられたじゃないか!
睨みつけてやったが暗がりなせいであまり効果がなかったどころか、にやりと笑う気配が伝わってくる。
……まぁ、口には出してないけど先に笑ったのはこっちだしな。
「いいから先行けって」
このままだと目的地に辿り着けないからと先導を促すと、やれやれなんて羽根を肩のようにすくめてから前へと飛んでいく光をゆっくりと追った。
『買ってあげなさいよ』の一言で連れていた娘たちのために装飾品をいくつか買った代わりに譲り受けた職人二人が泊まるつもりで取っていた宿は、十羽一絡げで雑魚寝する相部屋上等の部屋だった。
その地方で有名な祭りと来れば、準備に一晩時間をくれたとはいえ当日に空いてる旅館なんて朝一番に押さえておかなければほとんどないに決まっている。
野宿することに比べれば屋根や壁があるだけでも十分。
薄っぺらく狭かろうともマットレスがある思えばさらにまし。
風呂はないが水場でお湯をもらえたので、タオルを濡らし首回りや足を拭いた。
家の風呂が恋しくなるのは温泉を作ってもらったせいもあるだろう。
あー、うん、まぁ、贅沢になったもんだよなぁ。
普段通り男一人旅(プラス使い魔)であれば適当に野宿でも構わない、ソコはソレどうにでもなるもんだ。
けれど子供を、それも女の子を連れてっていうのはさすがにそれじゃだめだってくらい俺だって知っている。
……だからと言って、こういった宿とは名ばかりの場所に女連れで泊まろうなんてなかなか図太い神経だ。度胸がある。
まぁ、女の方はか弱そうな美少女に見えて、妖精族だから強力な魔法を使えるし、男の方は獣人で力バカなところがあるから並みの輩では太刀打ちなんかできないだろうけれど。
いや、でもほんとマジでいつの間に宿なんか取る暇あったんだよあいつら!?
意図せず眉間に皺を寄せながら、並んだ仕切りと一組につき一マットらしいの数をざらっと眺める。
広い大部屋だというのに部屋の隅が何組かで埋まっているくらいで、空きが目立つ。
今日は祭りが開催されてるせいか、夜遅くに戻る客が多いのだろう。
おかげで湯をもらえたわけだから良しとする。
コクリコクリと舟を漕ぎ、今にも寝入りそうな子供をマットに寝かせ毛布を掛けてやった。
街の喧騒は少し遠い。
隣のマットとの間の木の仕切りを歪な五芒星を確認して床の印に合わせておいてやれば、一度ほんのり光って静かに消えていく。
こんな所だなんて思ったよりもここの宿は実際そこそこ、きちんと設備の整ったところのようだ。
このマークの入ったものは周りの音やその内側の音を吸収する魔力を帯びているらしい。
あの魔法使いがのたまう講釈によれば、なんだかんだで魔法具、魔法設備というやつは長くきちんと使うにはメンテナンスが必要だとか。
使えるからには手入れをしているのだろうし、それだけ良いところだってことだ。多分。
服の裾を引かれてもう眠ったと思っていた子供がこちらを見上げていることに気付く。
もの言いたげな視線に「どうかしたか」と声をかけてやる。
「……ジンって、呼んでもいい?」
なかなか口を開かず神妙な面持ちをしているもんだからどんな悩みかと思えば。
二つ返事で頷く。安心したような顔を見て。
あー。そうだな。いつまでも引き伸ばしにしておくことじゃないな。
頭をガリガリと引っ掻き回してから口を開いた。
「……あのな、お前の名前さ、ニアラス、でどうだろうか」
会った頃にした約束はこの子供に新しい名前を付けてやることだった。
今の、今までの名前は使いたくないというから。
深く考えずに了承したが名づけなんてしたことも考えたこともなかったから、ずいぶん難儀した。
「正直に言う。全然考えられなかったんだ、名前。んで、適当に名前っぽくなりそうなのを拾ってきた」
ぱちくりと音が聞こえそうな瞬きをして眠気の吹っ飛んだような顔に少し焦る。
「普段はニアでいいだろ」
とりあえずそう言って締めくくった。
短かったのか長かったのか、しばらくの沈黙ののち。
小さく聞こえたありがとうに今度はこっちが安心した。
もうこれ以上考えきれやしないからな!




