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「遅い!」
帰り着いた俺を待っていなのは仁王立ちした妖精族の女だった。
いや、まぁ。特に急ぐ用事もなかったはずだし、しばらく天気も良かったから寄り道こそしてないが、うん。ゆっくりしてた。
実りの季節だし、途中の森にはねじれ赤柳が黄色の果実をたわわに実らせていた。
これで作った酒は甘く、後味はミントを嚙んだ後のように清涼感が続く。
ひんやり、スースーするってやつだ。今の時期には合わないが、半年後の熟成するころには丁度良くなるだろう。
いや、これは寄り道じゃない。元々行く予定だったんだから寄り道ではないはずだ。
微妙に言い訳くさい思いがよぎるのは、まだ何も言ってないのにぎろりと睨みつけられてるからだが、言ったら言ったで文句つけられそうな気配が濃い。
ホント美人ってやつは(見た目は美少女だけれども)、怒ると怖い。いや、もうお手上げだって。
えーっと。
「なんか約束してたっけ?」
首を傾げる俺に隠れ切れていない獣人の男が彼女の後ろから、無い無いとばかりに顔の前で手を横に振る。
というか、それならそうだとこっちに加勢してくれてもいいもんじゃないか?
「私を待たせるのが悪いのよ」
「え、えぇー? なんだよそれ……」
とりあえず視線で応援を請うてみても男には苦笑いで首を振られるばかり。
これがアレだ。孤立無援とかいうやつに違いない。
やれやれ。と肩を竦めてそのまま空を仰いでみたりしてみる。うん。いい天気だよな。一点の曇りっつーか、黒い毛玉がふよふよ浮いてやがるけどな。
「触らぬ女神に祟りなしっていうだろ?」
え、何言ってんのお前。
聞こえた言葉に思わず目を見開き、まじまじと男を眺める。
「やだ! 女神だなんて。うふふ」
そんなことばっかり言うんだから。
なんて嬉しそうに答える女を見て、それって関わりたくないって言ってるも同然だということには黙っておく。せっかく直った機嫌を傾けるわけにはいかない。
今のうちにさっさと用件を聞くに限る。
「女の子にはプライバシーとクローゼットが必要なのよ」
彼女曰く、子供用の部屋がないのが気に入らないらしい。
「というわけで! 今すぐ森を呼んでちょうだい!」
「え、いやでも俺、森ンとこから帰ってきたとこなんだけど!?」
「大丈夫よ。森ならそんなこと気にもしないわ」
俺が気にする。って、……まー、そうでも、ない、か?
首を傾げている間に、使い魔がすっ飛んでいく。
瞬く間にやってきた森はニヤニヤと面白がるような表情で話を聞いた後、サイアリーズと計画を詰めに行った。
あー、うん。丸投げだけど。
いや、そこ。家の主は誰だよって視線を向けてくんな。俺だけどさ!
フワフワと斜め上で浮く使い魔を睨み付けてやるも奴は打って変わって、そ知らぬふりでクルクルと回りだす。
「さてと、改装中は山向こうの街に行くわよ。収穫祭をやってるのよ」
「いや、俺帰ってきたとこなんだけど? やりたいこともあるしさ」
そうだ。いざとなれば湖に棲むアホウドリんちに間借りさせてもらってもいいわけだし。
あいつならおじょーも慣れてるしな。酒の一本くらい渡せばなんとでもなるだろ。
「大丈夫よ。二、三日のことだし、行きも帰りも送ってあげるから。ラウレスがね!」
お前じゃないのかよ!?
……いや、まー、わかってたけどもさ。
ちらりと彼女の後ろを見れば、さらに苦笑いの家具職人が口元を隠すようにして顔を寄せてくるのに合わせ耳を傾ける。
「あの街は地ビールの特産地でな、祭りの間は飲み放題だぞ。ヒト用とはいえ何種類か飲み比べもできるぞ。お前にとっても悪くないだろう」
なんて言ってきた。
「あー、もう。わかったよ」
しょーがねぇなぁ。
色々通り越して面白くなってきてこらえきれ切れない笑いを隠すのを止めれば、頑なになる理由なんてどこにもありはしないのだ。
とりあえず、一杯くらい呑む時間はくれるんだろうな?
止められはしないだろうが、そう続けるために口を開いた。




