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今日は朝からツイてなかった。
一番最初に起こったのはシーツが足に巻き付いていることに気付かなかったせいで、ベッドから転げ落ちそうになったこと。
使い魔が襟元を捕まえてくれなければ、頭から床にダイブすることになっていただろう。
ちょっとくらい首が締まったぐらいで、隣の簡易ベッドに眠る子供を起こさずに済んで良かったと思う。
弾みで「ぅげっ」とか声が出たけど大丈夫だったらしい。
苦しかった喉を手の甲でさらっと撫でたついでに、シャツの首元を広げて小さく息を吐いた。
次は朝食、というにはちょっと遅い時間で、どっちかと言えばブランチに近い食事を終えた後のこと。
水をなみなみと入れたグラスを袖に引っかけ倒した。
倒れたのが自分に向かってだったのが良かったのか。悪かったのか。
あの後普通に起きて来て、きょとんとこちらを見る子供にかからなかったのは僥倖なのだろう。
慌ててグラスを戻したところでどうしようもない。
それなら零れる水の方を何とかすればよかったんだろうが、使い魔が布巾を持ってきた時には手遅れだ。
と言ってもグラスに一杯の水の量をどうにかできるとも思えないが。
テーブルから滴り落ちた先が丁度ズボンの太腿部分で、下着まで浸み込んだのにはもう、苦笑するしかない。
このままだと風邪をひいてしまう。後片付けを相棒に任せ、服を着替えるために二階へ上がった。
二度あることは三度ある。
そんなことを考えて、このまま家に居るのはあまり良くないかと出かけたのも悪かったのか。
収穫時期が近いものがあったから元々訪れる予定ではあった。
森を出て小さな丘を抜けた先の、三連に連なる山の一つ目に入ったところでモンスターに襲われた。
目的地は目の前で、気が抜けたせいか気付いた時には近くにいた。
まぁ、これは外に出ればままあることだ。珍しいことではない。
まだ空は明るい方だったが、夕闇が近かったせいもあるだろう。
モンスターにしろ、野生動物にしろ、小さな弱いものなら視界の端をちょろちょろした後は逃げていくものだが、少し大きなものになると空腹具合でその態度を変える。
魔物を寄せ付けにくい護符や、匂い袋を持っていても万能ではないのだ。
護符についてはそろそろ効果が薄れてきているのかもしれない。
帰ったら新しいものに変えた方が良いかと考えながら、肩に掛けた荷物袋を背中から引き寄せ手探りで適当に瓶口を掴む。
袋から引き抜きちらりと何の酒か確認しつつ、ちょっと大きめの犬っぽい魔物と対峙した。
あんまり動きが早くないといいな。と思ったところで、たまたま知り合いが通りがかり代わりに退治してくれることになった時には素直に不幸中の幸いってやつだな。なんて考えていた。
まさか、そのせいで目の前で焼け野原になるとか、普通思わないよな。
目的地が目的物もろともさっくりと、消えてしまったわけだ。
額を指で押さえつつ、「ちょっと張り切り過ぎちまった」という実行犯の謝罪を受け入れた。
どうしようかとも思ったが、一応手助けしてもらった礼に持ってた酒瓶を手渡して。
すぐにトンボ返りのふて寝中。
くるくると目の前で横向きに回る小さな黒い毛玉に慰められつつベッドでシーツに丸まる俺をどう思ったのか、傍にやってきた子供がぽふぽふとシーツの上から肩のあたりを叩く。
あー、これじゃあどっちが子供だかわからないな。
だからと言って持ち直ることのできなかった気分は、どうしようもなく。
そのまま瞼を閉じた。




