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何時か登ったはずの樹は高い。
明け方から降り始めた雨はそこそこ激しく、傘を傾けて見上げるのも一苦労だ。
その傍の洞穴なんて見えやしない。
「おい。これ、頼む」
掲げてみせた透明なガラス瓶に入った黄金色の液体をちゃぽちゃぽ鳴らせば、使い魔がその細い足でガシリと瓶口を掴んで飛び立った。
同居人が増えるということは、消耗品の消費量が変わるということだ。
二倍というにはささやかな量ではあるが、それでも目に付くようになる。
今一番の必要物というのはもちろん食糧だ。飲料に関してはすぐそこに清涼な川があるし、酒の材料に使う果実もあるから心配はない。
……どっちかって言うと準備するのを忘れたり、どのくらい子供が消費するのか量がわからない、ということの方が問題なのだが。
使い魔がそのあたりはしてくれているから何とかなってはいるが。
ついでに出来る時は一緒に食事をするようになったのは、新しい習慣になりつつある。
二つ目が「リネン類」だった。
物臭な性格で主にするのは使い魔だとしても、たまには自分でも二、三日に一度は洗濯する。
それが、連日シーツが外ではためくのを見てようやく気付いた。
この間まで長雨が続き、これからもっと寒くなれば雪も降る。いざとなれば作業部屋に紐をかけて部屋干しをするにしてもストックは多い方が良いに違いない。
作業がしたい時に邪魔になってやりにくくても困るし。
絶対にそれでなければ眠れないなんてことはないが、一度最高級の触り心地の良い布で眠るのが当たり前になってしまえば、出来るだけそれで揃えたい。
すっかり贅沢になったもんだよな。
独り言ちつつやってきた星の眷属たちの街は、丁度夜半を過ぎたころで祭りはたけなわに盛り上がっていた。毎晩行われていると聞いたとおり、いつ訪れても夜は賑やかだった。
いつものように交じり酒を酌み交わす。
こう言っては何だが、すんなり受け入れてくれる住民たちに人が良すぎるというか、気前が良すぎて本当に大丈夫なのかが心配になる。
俺が悪人だったらどうするんだ。なんて面と向かって言ったことはないが。
(当の本人も実はここの住民たちにひっそりとそう思われていることに彼は気付かない)
その時はまだ晴れていて輝く星々が見えていた。
流石は星の眷属たちというべきか、そういう風に祝福を受けているのか夜の間は雨が降らないらしい。
夜明けが近づき彼らが店じまいを進めると共に空は、あれよあれよという間に真っ黒に曇ったかと思うと引き上げ切ったのがまるで合図になったかのように雨が降り出した。
領主館に顔を出す前に造っておいたはちみつ酒を取り出す。必要無いかもしれないが約束は約束だ。
久しぶりに使う傘に雨の当たる音を聞きながら歩く。
防水用の靴でなかったから中まで浸みてぐずぐずだが、一度濡れてしまえば同じだと出来たばかりの水溜りをわざと選んで踏む。
どうせ、あとで全部着替えることになるのだ。
りょーしゅ様に部屋を借りれるか聞いてみよう。前に宿代わりに借りたこともあるから大丈夫だろう。
後はシーツ用の布を手に入れて帰るだけだ。
……あー、そろそろ子供用にベットを設置するか、それとも暖を兼ねてこの間のように一緒に寝るか。
そう言えば赤いフワフワのヒヨコを抱き枕代わりにして朝寝した時も、その温かさと柔らかさによく眠れたことを思い出す。あの子は火山の主の子供だからより体温は高いのかもしれないが。
……一番手っ取り早そうだな。
そこらの安宿に比べれば大きい自分のベッドを思い浮かべる。
子供はまだ小さいし全然余裕もある。いつまでもソファーで寝かせるよりもいいかもしれない。
くるりと傘を回して水滴を飛ばしながらそんなことを考えていた。




