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「実はね、この樹はそこの(うろ)にはちみつが溜まるの」

 他に誰も聞こえるものなどいないというのに、まるで内緒話をするかのように口元に手を添えた上に声を潜ませた。

 彼女の座る枝の裏側、幹にぽかりと開いた穴は両手が入りそうなほど大きい。

 蜂蜜が、という割に集める蜂の姿は見えないのが気になるところだ。なんて思っていると、顔に出ていたのか、

「みんなと同じで昼間は眠っているもの。だから夜に近付くのは危ないけれど、今は大丈夫よ」

 っていうか。普通は夜行性で動かないと言っても、蜂の巣の側にこんな簡単に寄ったりしないし、剰え手を突っ込むってのはなかなか度胸があるよな。

 まー、でも。そう言うからにはそうなんだろう。

 こちらからは何とか穴が開いていることしか見えず、どうなっているかわからない。

 幹に抱き着くように腕を回して手を入れてみれば、すぐにぬるりと液体に触れる。

 引き上げた指にたっぷりと絡みつく金色のそれは匂いも甘い。

「へぇ。これは美味いわ」

 俺がそう言うと彼女もうれしそうに笑った。


 ……そうだ。

「このはちみつで酒を造ってやるよ」

 身体が弱いと聞いて薬酒を思い浮かべたが、そういう病弱なのに薬酒を渡すわけには行かないんだよな。

 先生曰く、作用が効きすぎることがあるとか。

 元気になり過ぎて熱を出すとか。

 元気な奴には巡りを良くする程度で済む。

 怪我をしている奴なら治りやすくなる。

 けれど、こういうやつにはちゃんと用量を規制してやらなければ悪化するのだと言っていた。

 水で薄めることもよくあるらしい。

『ヨーリョウ、シヨーホーヲマモッテオノミクダサイ』なんてわざとらしく澄まし顔で言ったヨークが、「舐めてるのか」と先生にぶん殴られてたっけ。俺があんな目に遭ったら吹っ飛ぶ。

 奴だからふらつきもしなかったが、そのせいでさらに先生はオカンムリだった。……思い出しただけでも怖い怖い。

 まぁ、だからこそ普段は先生に渡すのだし。

 自分が飲む分は予防薬みたいなもんだ。りょーしゅ様に差し上げたのも彼が元気で寝酒に一杯ずつって言ったからだし。

 はちみつは滋養強壮にいいはずだから、温めて少し酒を飛ばして呑むといいだろう。

「次来た時に会えるかどうかわからないし、その穴に入れておくよ」

 言ってしまってから気付く。

 あー。でも、そうすっとはちみつまみれになっちまうかな?

 穴に入れることのできるだろう中くらいの大きさの瓶が、蜂蜜でドロドロになっている様を思い浮かべる。

 ……手を入れるのを躊躇するレベルだよな、これ。

 なんて思って入れば、使い魔がいきなり見ている目の前で中に溜まっていた蜂蜜を掻きだし始める。勿論中身はいつも常備している樽の中だ。

 空っぽになっただろうその穴に入ってピカリと光れば、満足気に出て来て首のないせいで身体ごと頷いて見せた。


 日が中空に上がり、日差しが強くなる頃「そろそろ帰らなくちゃ」とぽつんと呟く。

「じゃあ、お(ひい)さん。またな」

 そう言えば彼女はキョトンと目を見開いて、それからにこりと笑って一つ頷くと、するすると枝を渡り木の葉の陰に消えていった。



 後でりょーしゅ様に聞いたら、この辺りのいる蜂は赤ん坊くらいの大きさで、そこらの洞には蜂蜜を溜めるだけで巣は別にあるらしい。

 さらに、よくよく考えてみれば蜂蜜で酒を造るとか、此処の奴らなら普通にすることだろうに「造ってやるよ」とか。ちょっと恥ずかしくなって、そのことは誰にも言わないでおこうと決めたのだった。

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