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 彼は時々無茶をする。


 多分、非常事態に少し息をひそめた。

 あ、これは拙いな。

 こんな至近距離に近付くまで気付かないとか。それもこんなデカ物が。それともそれだけ動きが速いのか。

 荒い息が上から降ってくる。

 俺もそこそこ高い方だが、その俺が立ち尽くした状態で昼日中の太陽の光を遮るってことは倍ぐらいはあるな。横幅なんか腕を回しても届くどころか広げるだけで半分もいかなさそうだ。

 逆光で影しか見えないが、多分人型。毛むくじゃらでどちらかと言えば獣人か。

 背を曲げるように顔だけが近づいてくる。

 影で見えないはずなのに目だけがギラギラしているのがわかった。


「いい、においがするんだ、な。……すげー、うまそうだぁ」


 独り言のような、うわ言のようなくぐもった声。話せるようだが返事は求めてなさそうだ。

 交渉も無理だな、これは。

 鼻を押し付けるように何度も匂いを嗅がれる。

 そりゃーいい匂いだろうよ。お前はいつもいい酒の匂いがするな、って前に誰かが言ってたくらい俺の体は俺の酒の匂いがするらしい。

 ある意味酒浸りの生活だ。当然と言えば当然だろう。

 ちらっと傍にいるはずの使い魔を見る。

「ぐっ」

 視線を動かしたのが気になったのか奴に右肩を捕まれた。力は強い。思わず声が出た。

 見たこと無い生き物のせいか動きが読めない。それに早い。

 小さな羽音が聞こえ、傍にいるのがわかった。

 頼むから相手しようとするなよ。

 いくら力持ちで何かしら攻撃方法を持っているにしたって、あまり無茶なまねはさせたくない。

 さっさと助けを呼びに行かせるのが良いだろう。

 普段なら手紙を持たせて相手の居る場所に届けさせるのだけど、今一番近い奴が誰かさえも分からないしなんといっても書いてる暇はないよな。まぁ適当にSOSくらい何とかしてくれるだろう。

 そんなことをつらつら考えていると、長い付き合いのおかげで勝手に意を汲んだ相棒がふいっと離れる気配がした。

「な、んだぁ?」

 と、肩を掴んだ手にさらに力が入って視界が揺れた。

 おー、やべー。

 揺れたのは視界だけじゃなかった。これは多分、体ごと振り回されたってやつだな。なんかぐらんぐらんしてるし。

 奴のその動きにびっくりしたのか、俺の使い魔もでっかい目でこっちを見ているのが何とか見えた。

 っていうかこいつ、使い魔を見てるな。

「これ、も、うまそう、だぁ」

 まじか。魔法生物も食料範疇かよ。

「それはちっさいから勘弁してくれよ」

 俺を掴んでいない方の腕を振りかぶるのが見えて慌てて言った。

 視線だけで促す。さっさと行けって。掻き消えるように見えなくなって、ちょっと笑う。あいつやっぱ超速ぇ!

「なん、だ? どこ、行った?」

 きょろきょろ辺りを見回すその動きは緩慢なのに、あんなに速く動けるとか反則だろ。

「お、まえ、あれ、どこやった!!」

 鼓膜が破れるんじゃないかって大きさで、すぐそばで叫ばれた。

 ぎらぎらして血走った眼がかっ開かれて、俺を射抜く。ああ、拙いな。短気すぎる。

 捕まれた肩を持ち上げられ、また視界が揺れた。

 何が起こったのかさっぱり解らなくて、衝撃と圧迫で肩がおかしな音を立てて、


 あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ああああぁぁぁぁぁっ!!


 そのあと一瞬遅れてやってきた痛みに聞いたことのない声で叫んだ。










 何かが瞼の前でちらちらするのに気付いて、多分それで目が覚めた。

 ただ、目を開けるには眩しくて薄く瞼を押し上げる。

 最初はぼんやりで良く見えなかった。黒い塊がくるくる回っているように見える。

「……って、お前かよ」

 何やってんだよ。俺の鼻先で。

 小さな羽を器用に動かせてくるくるとターンする小さな黒い塊。とはいうものの、それだけ間近にいるから小さいとか関係なく視界いっぱいに居るってのはでかく見えるもんだな。

「って、もういいって。……なんだ、拗ねてんのかよ」

 つついてやろうと手を伸ばすのに、ふらりふらりと逃げられる。

 と、見計ったように扉が開く。実際そうなんだろう、白衣を着た男が入ってきた。

 青に一筋赤いメッシュの入った髪。おー、先生久しぶりだなー。

「気分はどうだ?」

「ああ、悪くないよ」

 答えてから気付く。自分()のちゃんと寝室のベッドに寝ていたことに。

 それから痛みもないことに。さっき、壊されたはずの方の腕を上げたのに。

 彼は近づきながらさらに問いかけてくる。

「記憶はあるか?」

「大丈夫。まだそこまで呆けてはないよ、多分ね」

 欲しい果実があった。

 そろそろ時期だろうと山に入って暫くしたところでアレに出会った。

 あの山には主とか縄張りにしてる奴居なかったから、最近棲みだしたんだろう。

 それかあの時同じように来たか。

 あの後、すぐに気を失ったんだな。

「先生が助けてくれたんだ?」

「いや、ヨークが着いた時には鳥頭が山を半壊させていたらしい」

「あーー」

 ちょっと嫌な予感。

「知り合いの樹精に頼んだから荒地は何とかなるだろうが、四仙の実は暫く無理だろうな」

 あーやっぱりそうなったか。ま、しゃーねぇーか。

 先生の言う鳥頭―――トリス―――が俺が怪我してるのを見て、奴をブッ飛ばしたんだろう。

 多分魔法で。あいつ派手な爆発系のが得意だからな。手加減とか好きじゃないし。

「とりあえず礼は言っとかないとな」

 俺を怪我させたことに怒ってくれたんだから。

「まずは食事をしてもう少し休むといい。それからでいいだろう。鳥頭には私の方から声をかけておくから」

 俺の様子がわりと元気なのを見て取ったのか、先生はくるりと踵を返した。

 これは食事持ってきてくれそうだ。

「ありがと」

 片手をひらひらさせて出ていく先生を見送った。

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