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彼は普段、水浴びしかしない。
城に入ったらすぐに魔王様とご対面になると思いきや。
お疲れでしょうと部屋に通され、入浴を進められた。
「潮風は存外に体力を削りますから。匂いも残りますしね」
俺の場合はそっちよりも乗り物酔いみたいなもんだけどな。と頭をガリガリ一掻きして、ある意味さっきまで休んでいたよな? と首を傾げる。
「会食は夕方からですので、それまではごゆっくりなさってください」
これはアレだ。シッコウユウヨってやつじゃね? それとも首を洗って待ってろ的な?
……んー。まぁ、いいか。特になんかしたわけでもないし。今から考えたってしょーがねーよな。
せっかくだし言われたとおりにしておくかと風呂に入ることにした。
あー。思ってたより良いな、風呂。
腕を上に大きく伸びをしながら、長い溜息を吐いた。
森ンとこの温泉なんかは変わった匂いがするけれど、ここのは仄かな甘みと爽やかな香り。強いて言えば山鏑の蜜酒のそれに似ている。
温かい湯に入るという意味では同じだろうと思うが温泉と風呂はまた違うらしい。
室内と外にあるという差でもないとか。
奴のところのは殆どが露天だが、一応室内にも風呂がある。
俺の知識は大抵、森のところで得たものだから比べる対象もすべてそこにあるものだ。
浴槽や浴室自体が違う形であるだけで趣が違う。
全然違うもののように見えるが、先に浴室だと教えられた上にそこに湯が溜まっていれば、まぁ、なんとなくそういうものかと納得する。
一番驚いたのは体の洗浄の為に手伝いが付いたことだった。
至れり尽くせりだがさすがに恥ずかしいと、一度は断ったものの押し切られてしまった。
髪を泡で洗うなんて初めてで、さらにマッサージのように頭を揉まれてもう少しで寝落ちするところだった。
香油を馴染ませた後、櫛で削られた髪を一括りに結んでしまおうと触れればその柔らかさに感心する。
すげぇーな。なんだこの指通り。さらっさらだぜ。
自分でここまでするのは面倒だが、たまには良いな。
一緒に洗われていた使い魔も心なしかいつもよりふわっふわでつやつやだった。
さっぱりして部屋で転がっていると食事だと呼ばれてついて行く。
城なんて大層なものに足を踏み入れたことがなく、おのぼりさんよろしくきょろきょろする。
さっきはゆっくり見れなかったからなぁ。
天井が高い。
ずっと見上げれば首が痛くなりそうだ。
広い廊下の突き当りに壁一面の窓から入る光は柔らかい。まだ外は明るいがそろそろ日は暮れそうだった。
「ようこそ」
両開きの扉が開いた先に待っていたのはその名の通り、紫紺色を持っていた。
……魔王様は俺でもわかるほど育ちの良さ、品の良さが滲み出る男だった。
さらに言えば、少し威圧感がある。
上に立つものっていうか、ヒトに指図するのに慣れていそうだな。
「えーっと。あんたが魔王様? でいいんだよな?」
「ははは。今はそうではないよ。君と同じ、ただの人さ」
いやいや、一緒じゃねぇだろー。こんだけ魔族が傅いてんだから。
まぁでも。思ったよりは話やすそうで助かった。
ただの酒造り職人相手にしては、そこまで偉そうな感じはしない。
偉そうと言えば偉そうだけど。
もしかしたら当初の予定どおり酒と葡萄の物々交換がかなうかもしれない。
あまり期待はしない方が良いだろうが。まぁ、だったらいいな。くらいに思っておくか。




