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彼は船にとても弱い。
地面に寝転がり青い空を流れて行く白い雲の塊を眺める。
時々海鳥のようなモノが鳴き声と共に視界を横切っていく。あれは魔物か、それともただの鳥か。高く遠く飛んでいく生き物を視線だけで追う。
海から吹く少し強めの風が心地良くて、そっと目を閉じた。
が、いくらもしないうちに胸元に小さな衝撃を受けて目を開ければ、其処には小さな黒い毛玉が鎮座していた。
「やっぱお前かよ。……寝るなってか?」
普段は重さも感じ避けないくせにこういう時ばっかり、こんな真似をする。
今回ばかりはほんのちょっとでいいから勘弁してくれ。
……最悪な旅路だった。
あー。いや、揺れる揺れないの問題じゃなく、なんでか苦手なんだよなー。
行きは海路だと言われた時から拙いなとは思ったのだが、長らく乗っていなかったために記憶があやふやで、何とかなるかと甘い考えでいたのが悪かったようだ。
ここのところ旅路と言えば徒歩か、誰かの背に乗せてもらうか。
それは空路であったり、山道であったり。
そうだな。今はほとんどないが大陸を渡る場合は空を飛んでいくことが多い。
それは魔法であったり、それ自身の翼であったり。
友人に頼めば船賃はいらないし、日程もかからない。
景色を眺めている間に運んでもらえるのはとても楽だし。
とはいうものの、足の向きにくい海を越えるような遠い土地にあるものは最近では酒盛りの際に呑み仲間が持って来てくれるようになった。
自分で選別する方が好みだが、本当にそうしたいときには自ら赴けばいい。
天気も良く船は滑るように進み、操船だとか良くわからないこの身にも順調な流れで半日も経たずに島に辿り着いたと思う。
乗船直後からくらくらして足元の覚束ない俺が船室に閉じ籠ってふて寝ていたためにわからなくなっていたとはいえ、そんなに時間はかかっていないのだろう。
そう。船旅自体は快適だったに違いない。俺以外の乗客にとっては。
気分が悪くなるのは多分、付随的なモノだろう。
どちらかと言えば眩暈に、頭痛が主な症状だ。
着岸して一番に降ろしてもらった後、そのまま大地に転がり今に至る。
とはいっても、案内人である魔族の男が岸から少し離れた場所に運んでくれたおかげで、柔らかい草の生えた天然の寝床で休むことができているのだけれども。
邪魔だろうが何だろうが、動ける気配がしなかった。
ただ単に動きたくないせいで手間をかけてしまったのは悪かったかなぁ。
胸の上では相変わらず使い魔が、棒のような片足(どっちの足だかさっぱりわからない)を軸にゆったりクルクル回る。
いつもなら和む風景だが無理なもんは無理だってやつだ。っていうか。お前ホント体重どうなってんだ。
……はっ。もしかして、これはあれか? 俺を気を紛らわそうとしてくれてんのか!?
「つ、使い魔ぁ」
すかっ。
思い余って両手で掴もうと(抱き締めるには小さすぎるからだ)したが、その前にするりと間から抜けられた。
「……おまえね」
思わず半眼でねめつけるも奴は、ニヤニヤと嘲笑うかのようにさっきよりもちょっと上をふわり、ふらりと浮かんでいる。
えー。なんだこれ。クソ、使い魔め。弄びやがって。てか、もうちょっと労わってくれてもいいじゃないかよ。
ったく。しょーがねぇーなー。
なんて思っていれば横から声をかけられた。
「大丈夫ですか? 酒造殿」
「あー。ああ、もう大丈夫だ」
よっ。と小さく掛け声を付けて上半身を起こす。
もう眩暈は治まっていた。




