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湖には凶悪な魔物がいる。
森の中の湖の小さな孤島にそれは棲んでいる。
霧がかった複雑に絡み合う木々の根を乗り越え、下る川に沿って歩く。
早朝の森は静かで、時折鳥の鳴き声が遠く響き渡る。
時間に不規則であるため、こういう時間に出かけることはあまりない。
苔生した岩で足を滑らせないように気を付けながら、ゆっくりと確実に踏みしめる。
と言っても滑るときは滑るもんだが。
これの有無でここに決めたといっても過言ではない、家の近くを流れる川に着くには獣道をくらいしかない。
川を下ればそれが流れ落ち溜まる湖に辿り着く。
静かな湖面から底が覗ける程透明度は高い。
深い深い奥を見渡せば青い青い色が広がる。それは空の色か、それとも水本来の色なのか。
澄み渡る清涼な空気に心が癒される。
さてと、一回りするかな。
ぐるりと湖岸を見渡し左手を反対の肩にのせ意味なく右肩をぐるぐる回した。
視線を湖面に向ける。
湖としてはまだ小さなものだろうが、やっぱりそこそこ広い。
その中央より少し左寄りに小さな島があった。
それを右の視界の端に入れながらゆったりと歩き始めた。
小さな島にはこんもりと木々が生え立ち、ここからは見えないけれど友人が一人、住んでいる。
そいつが住みだしてからはそこに渡ることはなくなったが、時々こうやって湖の周りを見回るようになった。
「さっけづくりー!」
呼ばれて空を見上げる。眩しさに左手を目の上に翳した。
ふわり、ひらり。ライトグリーンの髪をした色は派手めの男が翼を広げ舞い降りてくる。
これが件の友人―――トリス―――。
「よぉ」
挙げていた手をそのままひらひらさせて挨拶を返した。
すぐ隣に降り立った男はその背に会った翼を何処かへ仕舞ったようですぐに見えなくなった。
「銀晶の実を獲りに来たの? でも熟期はまだ先だよね」
孤島の袂に成る水中果実はとても美しく甘い。
匂いはなく、できる酒は無色透明でとろみもない。ただ仄かに甘い。
アルコール臭さえないまるで水みたいなそれはするっと身体に浸み込み、一気に酔う。
ヒトに渡す時には、他の実を漬け込んで色を付け香りを付けるのだ。薄める事すらある。ヒトでなければ必要ないのだが。
「ああ、今日はただの散歩」
っていうか見回りな。
トリスは魔眼の怪鳥と言われる怪物と同じ能力を持っている。
とはいうものの普段からその力を使うわけじゃない。だから、今俺は彼と目を合わせることができる。
……時々、その能力を振り回すせいで森の中の生き物が石になり落ちていることがある。
飛んでる鳥も、お使い途中の使い魔でも。
壊れてさえいなければ元に戻せるから、気付いてからはたまにこうやって見回るようになった。
「ふぅーーん?」
指を頤先に当てて小首を傾げるその姿はまるでいっそあどけない。
こいつがそういう能力持ちでさらに超強力な魔法使いだなんてなぁ。
「ねぇ。後でお酒貰いに行ってもいい?」
「おー、夜ならいいぜ」
嬉しそうに飛び跳ねて、それから本当に飛んで帰って行った。
あいつが来てからこの森には訪れるものは減った。
自分の縄張りであるのにどちらかと言えばそっちの方が有名になってしまったせいで。
変な奴や魔物も来なくなって良かったと言えば良かったんだろう。
石の塊は落ちていなかった。
まぁ、あれからこの辺りを通るのは警戒されているだろうし、使い魔が減ったからと言ってあいつのせいばかりじゃないよな。
ちょっと反省。
詫びついでに無料報酬で飲ませてやっかな。
がりがりと頭を一掻きして空を見上げた。