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そこへ来いと言われたわけではなかった。
どちらかと言えば、押しかけ的な何か。向こうが快く受け入れてくれたから実現したようなものだ。
最寄りの海岸から天気のいい日にだけちらりと見えるその島が今回の目的地だった。
俺の棲まう森に強い魔物はいない。
あー。いや、一匹でっかいのはいるけど。っていうか。あいつがいるからだけど。あいつの方が有名ですっかり石化の森とか言われちまってるけど。
その能力を持った奴がいるからとか、安直な名前の付け方だよな?
まー、もともとの名前だって大した物じゃなかったけれど。
弱い奴なら時々ちょろちょろしてはいるが基本的に魔物はいない。
……魔族なんてとんでもない。
と言ったところで実は魔族に会ったことがない。
ドラゴンに会ったことがないのと同じくらいに。
呑み仲間にもし混ざっていたところで、見て種族がわかるような芸当は持ってないしな。
ヒトの街にも紛れていることがあるらしいといった話は、噂だけならいくつもあるものだ。
たとえそれが夢物語や、酔っぱらいの与太話だったとしても全てが妄想であるとは思えない。
ほら、そう。アレだ。煙の立たないところになんとやらってやつだ。
実際自分の正体を吹聴して回るようなのはいないだろう。
見た目でなんとなくわかる獣人でも同じだ。
ただ、自分の知らないところで魔物が排除されているのだけは知っている。
暴れられて俺にとって必要な場所が荒れ仕事ができなくなれば、嘆く奴が結構いるってこと。
それだけ俺の酒が愛されてるってのはありがたいことだよな。
だから前に森の東、山の天辺に魔王城ができた時なんか珍しいこともあるもんだと、単純に思った覚えがある。
そんなわけで、まさか森の出入り口で(とはいってもどこからでも入れるのだが、入りやすい場所というものがある)張り込まれてとっ捕まえられる羽目に合うなんて誰も思わないだろう。
捕まえられたとはいっても、それは言葉の綾でひどい目に合わせれたわけじゃない。
でなければ森一番の魔物がすっ飛んでくるだろうし、上をふわふわと飛んでいる相棒も黙っちゃいないはず。
いや、こいつはしゃべんないけれども。
ちらりと目線だけ上げて見れば、素知らぬ顔で漂っているところを見ると特に危険はなさそうだと結論付けた。
魔族ってのはもっと見た目からして禍々しいのかと思っていたが、そうでもなかったことに驚く。
見た目で判断してはいけないってのはホントどこでも同じなんだなぁ。
青い髪でちょっと耳がとがってる程度じゃ、どこにでもいるもんな。こりゃあ、言われなきゃわからん。
それも自身の主の為に美酒を献上したいのだという忠誠心の篤いところとか。
というか、魔族に俺の酒がちょっとは知られてるってことだ。ちょっと、いや。かなりにやけるのを止められない。
彼の主の好みを聞いてやってもいいかと思うくらいに機嫌が良くなった。
よくよく聞いてみればその主の土地でも様々なブドウを栽培してワイン造りを行っているとか。
もちろん売り物じゃないため出回ることがないのだとか。
……これはどうあっても行かざるを得ないだろう。いや、絶対。味わってみたいに決まってる。
こうして俺は元魔王の棲む島に行くことになったのだった。




