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 一足踏み込むたびに少し丈の長い緑苔の絨毯が沈み、ジワリと水が滲みだしブーツを濡らす。

 足元の感触はあのふわふわの腐葉土の上を歩くのに似ている。

 足を取られないように慎重に進んだ。

 そこかしこで日光を反射し、キラキラ輝く水の膜は一歩踏み入ればあっさりと膝まで嵌ってしまう。

 まるで底なし沼にのように。

 ホント、晴れて良かったよな。

 目に見える水場を避けて行きながら空を見上げる。

 遮蔽物がほとんどない場所だから額に左手を置いて影を作った。

 雨が降ればどこもかしこも水が溢れてどこが危険かさっぱりわからなくなる。

 一応まだそんな愚を犯したことはないが。

 そのままぐるりと辺りを見回す。

 広大な湿地帯に所々生える、蔦が絡み合ったまま太くなったような幹の木々は、そこそこ生い茂り大きさも色もとりどりの実をぶら下げている。

 葉の形は全然違うが実は地面を這う緑苔と繋がっていて、そう、これは葉ではなく花なのだ。

 さて、どうするかな。

 単調な作業は考え事をするのにちょうどいい。

 少しづつ効果の違う(とはいっても大した物はない。例えば気分が楽になったような気がするだけの代物だ)それを、ブチブチともいでは色ごとに分けていく。

 りょーしゅ様に会いに行ったのは有名になるための、「何か」を伝授してもらうためだった。

 とはいってもこうしたらどうかといった考えたことを頷いてもらっただけだが。

 それでも誰かにいいと言ってもらえるだけで肩の荷は下りるものだ。

 ブランド名やマークを作るだけで、だれかが絶対覚えてくれるという保証はないがしないよりはましだろう。

 少しでも残ればいいのだ。

 そうしたらまた一つ野望に近付くだろう。

 ほーんと。どーすっかなぁ。

 ふと手に取った赤い実にナイフで切り目を入れて力を籠めればパキリと半分に割れた。

 熟すまであと少しな果実はリンゴのようにしゃっきりとしている。

 そう言えばあの国で分けてもらった酒の中には普通のリンゴ酒もあったな。

 魔力の高い土地柄のせいか少しは力が宿っているのだろう、味わいが変わっていた。

 あれはあれで美味い酒だった。

 割った果実の片方に口を寄せながら、もう半分を上に持ち上げればふわりふわりと飛んでいた黒い毛玉が飛んできて。


 ばくり。


 ……って、おい。

 声をかける前に手だけペッと吐き出された。

「おまえね。……あー、んー。やっぱおまえにすっか」

 そう言えば、キョトンとした顔で見返してくるから思わず口元が上向きに上がった。



 こちらの棲家に顔を出したのは久しぶりのことだったが、時期が時期だったせいであまり驚かれることはなく招き入れられた。

「なんだ、新しい家具でも欲しくなったか?」

 仕事中だったのかヒトの姿の家具職人がニヤリと笑う。

 湿度の高い場所で植物は、というか木材なんかは腐りそうだといつも思っていた疑問を投げかけてみる。

「瑞々しくしなやかな仕上がりになるからだ。そういったものの方が強度は強い」

 なるほど、と納得しかけたところで男の後ろから藤色の髪が覗く。

 付き合っているのだから一緒に住んでいるのは道理というやつだろう。

 まー、それを当てにしてここに来たんだけどな。

「そのままで乾燥地帯に持って行ったら干からびてすぐ粉々になるわよ。それに比べたら鉱石は違うわ」

「魔力を込めてるじゃないか。そのものとは言えない」

「あら、出来上がりにはコーティング魔法をかけるでしょ? 今は私がかけてあげてるけど。かけるのと込めるのとでは全然違うけど、それと一緒。それよりも守護とか効果があるんだからずっと上だわ」

 違いを貴方たちに言っても分からないでしょ。

 腰に手を当てて高飛車に言う妖精族の細工師に、魔力を持たない俺や獣人が敵うはずはない。

 あー。いや、魔力はなくとも学べばちっとはわかるもんだって魔法使いが言ってたっけ。

 だが、自分が感知出来ないモノを調べるのは骨が折れる。

 出来る奴が他にいるのだし、したいことが別にあるのだから仕方がない。と、だれにともなく心の中で言い訳しておく。

「今日はサイアリーズに用があってな。焼印を作ってほしいんだ」

「私に依頼? いいわよ。どんなものがいいの?」

 珍しいわね。と言って笑う彼女の前に、指先で摘まんだ相棒を差し出した。


 そうして、酒造りの酒が「黒毛玉印」と呼ばれるのはまだ、ずっと後の話。

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