34
彼が知らない間に済んでいることは多い。
ハーブ摘みを手伝ってくれるというから、使えるものは使っておくかと一緒にやって来たのは森の北側。
水車小屋よりさらに北にある其処は、そのまま山肌に繋がる場所なせいで起伏がそこそこあり歩き難い。
この時期は背の低い野草が群生し、ますます足元に気を付けなければいけないのだが、彼女であれば大丈夫だろう。
あの雨の日の行軍を思い出し、一人小さく笑った。
もちろんは今日はひらひらした戦闘服ではなく、普通の服を着ていて靴もブーツを履いている。
その方が見ているこちらも安心だ。
もう暑い季節が迫っているからこの辺りには毒虫が出る。
それに触れるとかぶれる草も生えている。
それも今回の採集には含まれているが、それは使い魔担当。
干して乾燥させてしまえば大丈夫になるからそれまでは奴に任せておけば間違いない。
「あー。そっちの白い粒を集めてくれたらいいから。そーそー、それ」
そうして採れるもののなかでも一番わかりやすいのをお嬢ちゃんに頼んだ。
低木の枝先に生った小さな種はその色のせいかよく目立つ。
他に似たような花や蕾もなければ、集めるのは簡単だが数が必要でそこが面倒ではある。
時々視線を向けながら、縁に赤い斑点のある柔らかい葉を潰さないように一つずつ摘んでいく。
ふわりその度に苦みの強い香りが鼻に付いた。
「そーいや、街はあんたに合わなかったのか?」
前に会った時からそんなに経ってないはずだと声をかける。
一、二年なんて久しぶりには程遠い。
と、思っていたが彼女にとっては違ったらしい。
「ちゃんとパーティも組めましたわ。でも依頼で半年ほど離れて、久しぶりにこちらに戻ってきたので」
というか、それならふつう家に帰るもんじゃないのかと問えば、家族は呼べばいつでも何処に居ても飛んでくるから大丈夫なのだと言う。
確かに「あの」隊長なら何処に居ようが場所を把握している気がする。
それに。と小さく続ける彼女の言葉を野草を籠に放り込みながら待つ。
あー。そうか。思い出した。こいつ、トリスが好きなんだっけ。やべー。会わせるの忘れるとこだわ。
一度戻ってから呼びつけてやろうと算段を付けていると。
「そこの山の魔王に討伐隊が組まれたでしょう? 一応、護衛も兼ねているんです」
「はぁ!?」
「物々しいのは苦手だっておっしゃっていらしたので」
え? あー。言ったかもしれないけども。
吃驚を通り越して呆然としている俺(いや、普通にびっくりしたせいで掴んだ葉をつぶしちまったんだけど)に、話が通じていないことがわかったのか彼女もキョトンとする。
いやいやいや、さっぱり話が全然見えてこないんだが。
「そこの山の魔王が西の国の村を襲ったせいですわ。貴方のお友達のみなさんがちゃんと周りを警護してくださってますけど。森に入りにくいようにしてるみたいですし」
彼女が普段着なのもまかり間違って入り込んで来た奴の油断を誘うためだとか。
って、油断させて何すんだよ。あー。いや、それどころじゃねぇ。
周りから危険区域に認定されれば暫くといえど動き難くなるだろうし、この森自体に強力な魔物がいると知れれば此処が目的地として名を上げたい勇者や傭兵が来てしまう可能性が高くなるだろう。
それは避けたい。
「おい。トリスに潰させて来い」
使い魔に言う。メモを書く余裕もなかったが、こいつが喋れなくてもなんとか通じさせるだろう。
ふぃっと掻き消えるように飛んでいくのを見守った。
「パパ。ゴーサインですわ」
何処かに向かってそう告げるようにしている彼女に「何?」と尋ねたが、何でもないと首を振られてしまった。
……ずぅっと後になってその魔王の他の拠点がすべて破壊と噂が回って来たころには、すっかり忘れているのだった。




