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道案内や警護を頼むこともある。
腕を伸ばし太陽を遮るように手の平を空に向けた。
空には雲一つなく青く青く澄み渡り、開いた指の間から光が零れ落ちる。
眩しさに指を閉じれば、分厚い手袋のおかげで隙間無く顔に影を落とすことができた。
やれやれ、天気が良すぎるのも困ったもんだな。
いくらここが永久凍土地だとしても日差しが強すぎれば暑くなる。
吹き付ける風は痛いほど冷たいけれど、木陰すらない場所で歩き続けるには厚着しすぎたかもしれない。
微妙に汗ばむ体を拭えないのはちょっとむずがゆい。
けれども、この状態で上着を脱いだら体調を壊すのは必至な気がする。
あー、これはあれだ。ジレンマってやつだな。
下ろした手でそのまま頭を掻きまわそうとして、風除けのつもりで頭に巻いた布に邪魔をされた。
あ、と気付いた時にはもう遅い。
ふわりふわりと浮かぶ小さな黒い相棒から鼻で笑うような息の洩れる音が聞こえた。
いつもと違うの忘れてただけだろー。と思ったが涙をのんで堪えた。
「氷果までもうちょっとだ」
奴を視界に入れないように空を見上げていると、前を歩く銀狼が振り返りニヤリと笑う。
氷果といえば名前の通りそのまま氷の果実だ。
まるでつららができるがごとし。こういった晴れた日にじわりじわり外側へ伝う蜜(果汁と言うべきだろうか)が凍り、少しずつ大きくなる。
石ころにしか見えないような種までに厚みがあればあるほど、透明度が高いほどその質は良い。
色はない。
そのせいで見た目にはただの氷の塊に見える。
果汁が出る日だけその濃厚で独特な甘い匂いで、それが果実だと気付くのだ。
面倒なのは大きい事と、その実には皮がないというところか。
一つ一つが両手で抱えるほど。そのくらい大きくないと美味くない、というか熟していないというか。
凍ってるのに熟してんのか? って話だが、実際に味わいがそう感じるのだからそうなんだろう。
普通は凍らせるとまるで時が止まる魔法をかけたようになるらしい。
凍らせても本当に時間が止まるわけじゃないらしい。
凍っているのを溶かした時点で元通りとは程遠いしな。
殆どのものはしゃっきりとした感触がなくなりぐずぐずになる。
良くわからないが魔法っていうのは本当にすごいよな。
ホント、魔力持ちに生まれたかったよな。
そうしたら凍ったままで時を止めて持って帰れるのに。
よく考えればわかることだが、知らずに普通に持ち帰れば荷物袋やカバンの中で溶けて果汁びたしになる。
そう。皮がないからだ。
とはいっても俺はいつも、だいたい樽に入れるけどな。
と、甘い匂いが鼻をかすめる。
黙々と歩いている間に近くまで来たようだ。
常であれば軽口を交わす道案内の相手がヒトの姿ではなく、獣の姿でいたのもあるだろうか。
目の前に広がる白銀世界で今日が晴れて影がなければ、きっとこいつの姿は見えなくなるんだろうなぁ。
まー。その時はその時で何とかなるんだろうけど。
ざく、ざく。雪を踏みしめながら狼の後をついて行く。
目的地はもうすぐだ。
濃くなる甘い匂いに思わず顔がにやけるのを感じた。




