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彼は誘惑に弱い。
目的を放り出して採集を優先した結果、もの見事に元々の用事を忘れてそのまま帰ってしまったなんてよくある話だ。
帰り着いてから思い出して「しまった」となったところでどうしようもない。
思ってもみなかった収穫物に意識はそちらに向かうばかりで。
作れないと諦めていたものが手に入ったのだから当然といえば当然だ。
緑色につやつや輝く硬い皮の、外側からは想像もつかない黒い果肉を思い浮かべる。
下準備の算段を頭の中で組立てながらキッチンから続く水場(水場と呼んでいるがいつでも水を流せるようにしているだけで、ただの作業場だ)に四仙の実を運んだ。
さて、どうしようか。
いつまでも問題を放置するわけには行かない。
家の不備はそれこそ死活に繋がる。
一応考えるふりはしてみたものの誘惑に勝てるはずもなく、というかもう戻ってきてしまったのだからしょうがない。
頭の中の天秤は大体殆ど自分の欲求には忠実に傾いている。
家の欠陥を調べてもらうために製作者を呼びに出かけるのと、目の前の熟れた果実を今すぐにでも樽に詰め込む作業をするのとではどちらを選ぶかなんて、考えるまでもない。
もちろん出かけること自体は嫌いでないし、用事を先に済ませることもある。
今回は一日二日出掛けるというより旅に出るといった距離だし。
これがタイミングというやつだろう。
そうと決まれば下準備を始める前に寝室に上がり、メモを便箋代わりに一筆書いて使い魔に持たせる。
瞬き一つですっ飛んで消えた相棒が、四半時もたたずに帰ってくるのと一緒に奴がやってきた。
わかっていたさ。最初っからこうしていた方が速いに決まってるなんてことは!
彼の呼び名は『森』。
村を出て暫く放浪したのち一番最初に世話になった男だ。
過保護と言う冠を被った世話焼き人で、俺が落ち着くための場所の候補地を探しあげ、住処を用意しただけでなく裏から手を回して(どこまでやったか知らないがいろいろ伝手も使ったらしい)最終選別された(候補地の中から俺が自分で選んだ)この森を俺の縄張りとして認知させたのがこいつだ。
あの頃本人はしたいことを模索中だったらしいが、今では温泉旅館の主人兼板前兼雑用係で、多くの温泉とその主たちを抱える大地主みたいなものになっている。
なんだかよくわからない奴だが、一番の職業が料理人であることと棲まう土地が山々であるのに『森』だと名乗っていることさえ押さえておけば問題はない。
酒盛りの際に真っ先に呼ばれるほど腕は良い。
「用があるなんて珍しいな。どうしたんだ?」
挨拶もそこそこにやってきた奴に経緯を話す。
思えば自称大魔法使いのヒトの男が来たところからなので話は長い。上手くまとめる自信もない。
立ち話ではこちらが疲れるので客間に行きソファーを勧めた。
使い魔が自分より大きな茶器をその棒のような細い足で軽々扱うのを眺めながら、彼の住処の手前まで行ってUターンをして帰ったまでをなんとか話し終え、ついでに近くの荒れ地で獣退治した話をすれば。
「そういうのこそ誰か呼ぶべきだろ? 酒がもったいないじゃないか!」
と言葉をいただく。
確かに何もなくそのままこいつのとこまで出かけていれば、使った酒を挨拶代りにしたかもしれないと思いそう伝えると、それは残念だったと肩を落とすので。
「後でちゃんと礼はするさ」
とカップを傾ける仕草をしてみせると、わかっているとばかりに笑顔で頷かれた。
「昔に比べたらお前の作る酒の魔力が上がっているからなぁ。許容量越えにでもなっているのかもしれない。せっかくだから張り直すか」
良くわからないが任せておけば何とかなるのだろう。
居ても邪魔にはならないようだが、ウロウロされるとこっちが気になってしまう。
まだ日はあるが本格的に寒い季節が来る前に必要な物を手に入れに市行くことにした。




