19
彼の森の一番の魔物。
「おっと」
水をコップに半分ほど流し入れたところで脇を突風が抜けた。
慌てて傾けていた水差しを止めて次に備えれば間髪入れずに危なげない角度で黒い風が後を追う。
その先を視線で追えばくるりと壁を回避して上昇。天井に沿って部屋の入口へ舞い戻りそのまま出て行った。
直後、
ドスン!
音に思わずびくりと肩が竦む。
後に続くトタタタタという音で終ってないことにやれやれと息を吐いて力を抜いた。
水差しをテーブルの上に置き、キョロリとリビングを見渡す。
棚の上に無造作に置かれたドラゴンの鱗やら、この前行った海底都市の真珠が落っこちていないのはさすがは使い魔。
落ちてないのか落っことされても拾って戻してるのかはわからないにしても。
廊下に顔を覗かせると階段の上でバタバタと音がする。
今度は寝室で飛び回っているらしい。
「おーい。なんか食うもんくれよ」
声をかければ黒い小さな相棒がぷりぷりしながらふわふわ降りてきた。
この様子だと捕まえられなかったようだ。
もちろん邪魔をしているつもりはないのだが、起き抜けで腹が減ってるもんは仕方がないだろう。
いつも置いてある果物じゃあ物足りなくてもうちょっとガッツリ目に欲しい。
そう。タマゴとか。
釜土の火を起こしフライパンにバターを落とすのを眺め、水を一口含んだ。
今日は朝からドタン、バタンと騒がしい音で目が覚めた。
朝と言うには窓から差し込む光はかなり眩しい。
昼に近い時間なのだろう。が、起きた時間が朝だよな。
体を起こし伸びをして、欠伸を一つする前にぼふんとマットに何かに飛び込まれて口が開きかけたまま止まる。
「おい?」
声をかければ勢いよく薄く開いていたドアの隙間から我が相棒がすっ飛んで来て。
そこでようやく最初に入ってきた奴が招かれざる客だと気付いたわけだが。
するするとシーツの中に入りくしゃりと丸める生き物の姿を見ることはかなわなかった。
もこもこと渦巻くシーツの盛り上がりを睨み付ける使い魔。
思ったより緊迫したムードで思わず笑いがこぼれたせいで、こちらにまで小さな雷が落ちそうになり急いで表情を引き締めた。
ちらりと見上げれば、もの言いたげたオーラを醸し出しているのを感じて、そっとシーツの端を掴む。
タイミングは適当に合わせてくれるだろう。
さっと一気に捲り上げた。
結果から言えば。
まー言わずがもなってやつだが。
まさか"あの"使い魔が素早さ勝負で負けるなんてな。
あの瞬間。突撃をしようと構えていたところの横をすり抜けられた相棒のぽかんとした顔ときたら。
珍しいもん見れたよな。久々に。
おかげでよくわからない生き物との追いかけっこが続いているわけだ。
くるり。上に放り上げられたオムレツがきれいに引っくり返ってフライパンに着地する。
細い枝足で器用に自分より大きな調理器具を操る。
まだ捕まえる事が出来ていないせいでまだプイプイと膨れてはいるが、やることに手は抜かない。
どっちかっていうと、あれだ。完璧主義ってやつだ。
チーズオムレツに搾ったフルーツジュースが並び、レタスをちぎっただけのサラダにドレッシングをかければ用は済んだとばかりにふらりとキッチンに入り口に向かう使い魔に。
「楽しそうだな? いつもより生き生きしてるぞ」
と声をかけたら、『シャーっ!!』と音が聞こえそうなくらいに歯を向かれて威嚇された。




